安心して許さない
「誰が許そうとも私は自分を許さない!」
と、よくなる。
自分自身にボルテージが上がってしまう。
特になにか作ってたりする時にはこういう噴火が頻発する。
通常でも本当に言うことなすこと暑苦しいなって自覚があるのに、こういうときはより一層暑苦しくなってしまう。
不思議なことにか不思議でもないこことにか、自分以外に対して「許さん!」とか思うことはほとんどない。
自分と他人の間の線はかなりくっきり引かれているほうだからというのもあるし、そもそも自分への興味が強すぎてひとのことまであまり意識がいかないというのもある。
で、自分を許さない!となるとどうなるかというと、許せるところまで持っていくしかない。
納得することでしか鎮火できないから、這っても泣いても吐いても納得まで持っていく。
納得とは理想や目標にたどり着いた時でもあればまったくたどり着けなかったときでもある。
やってやってやったらできた、も納得だし、
やってもやってもできなかった、も納得だから。
そんな私なので、自分のことは自分でなんとかしてるのかなと思ってたけど、もしかしたらそれは違うのでは?とあるとき気づいた。
許してくれる人がいると思うから安心して自分を許さないことができるのかもしれない。
誰からも許されも認められもしなかったらもう何もがんばれない自分を簡単に許すわ。
私は思うより自分で自分をなんとかしてないんだね。
よく考えてみれば最初っから自分で言ってるんだ。
「誰が許そうとも」と。
そう思った段階でもう私は許されていることを知ってたわけだ。
「安心して自分を許さない」ことができる、その安心を受け取ってるんだな。
ひとの優しさの上で私はいつも驕らせてもらってるにすぎない。
という反省も、感謝しながら、安心して、するよ。