年次総会(通称ダボス会議)2023 - データ連携
2023年1月、世界経済フォーラムの年次総会(通称ダボス会議)が開催されました。公開配信されたセッションのうち、データ・AIエコシステム関連のものをいくつかご紹介します。
今回は、現地時間で1月17日午後に行われたセッション「Data Collaboration: Lessons from the Field(データ連携―現場からの教訓―)」です。日本からは河野太郎デジタル大臣が登壇しました。
開催2日目にあたる1月17日全体のハイライトは下記から参照ください ↓
登壇者(敬称略)
Karen Tso - Co-Anchor and Journalist, CNBC International (Europe)
河野太郎 -デジタル大臣
Kimberly Mathisen - Chief Executive Officer, HUB Ocean
Shamina Singh - President, Mastercard Center for Inclusive Growth; Executive Vice-President, Sustainability, Mastercard
Anurag Jain - Secretary, Department for Promotion of Industry and Internal Trade
データ分野で協力するために必要なアイデア
冒頭でモデレーターであるTso氏は、私たちがいるのは年間で463エクサバイト(1エクサバイト=1,000,000,000,000,000,000バイト)ものデータが生成されるようになった世界であることを提示。
その上で、業界間・国家間でデータの持つ力をさらに高めるには何をすればよいのか、どのような経験を共有するべきか尋ねました。
「インドにはオープン・プラットフォームという哲学が根付いています。」インドの産業・貿易振興部長官を務めるJain氏は、誰でも参加が可能で協力し合うことのできるオープンなデータガバナンス構造の重要性を説きました。
インドでは、統一決済インターフェース(UPI)に始まり、個人を特定するIDレイヤー、個人情報を保護するための同意レイヤー等を基本とするオープンAPIによって様々なサービスが実現しています。
COVIDワクチンの接種や病院の診療時に限った迅速な患者の情報共有などがこれに当たります。
とりわけ、Jain氏が「ゲームチェンジャー」となりうると考えているのがデジタル商取引におけるオープン・ネットワークです。
インドではプラットフォーム間の相互運用性を確保するために、オープンプロトコルを作成するためのセカンド・プロトコルを作成したことで、売り手・買い手・決済・物流の一分野にしか精通していない人でもシステムにプラグインすることができ、残りのエコシステムは他の分野のパートナーとの協力によって得ることができるようになっています。
「寡占化の是正。それはほとんどすべての国が取り組んでいることです。参加者の参入障壁が大幅に下がるのでオープン・ネットワークを導入は寡占化の解決策になり得ます」とJain氏は述べます。
河野太郎デジタル大臣は、ワクチン証明書の規格や欧州・アメリカ・中国等のデータ規制において国際的な不整合性が存在することを指摘し、国際的な協力枠組みを構築する必要性を訴えました。
今年はG7が日本で開催されることを受け、安倍前首相が提唱したDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)の具体的な運用に向けて常設の事務局を設置した新たな国際組織について検討していることを述べました。
DFFTの現状と展望については、年次総会に向けて寄稿された最新のアジェンダブログ「データの越境移転を促進すべき理由とは?」を参照ください。↓
続いて発言したのは、海洋環境の保護と改善のために使用する海洋データのハブとなることを目指して活動を行う HUB Ocean にて CEO を務めるMathisen氏です。
国境を越えてデータ分野の協力が行われた例として、World Ocean Databaseを紹介しました。海水温、塩分、波の作用などのデータを格納するこのデータベースは、1国同士の協力関係からはじまり現在は複数の国が参加する形で拡大しています。「健康な海洋環境を作る上でこのようなデータセットは最高の資産となる」とMathisen氏は強調しました。
一方で、このような海洋データは産業データなど他のデータと組合わされることではじめて真価を発揮することが多いため、産業データが閉鎖的な場合には価値を生み出すことが困難になっていることを指摘し、このようなデータサイロの橋渡しをする必要があると述べました。
「情報の不平等性」の解消に向けた施策の重要性を説くのが、Mastercard社のバイス・プレジデントであり、Mastercard Center for Inclusive Growthのセンター長を務めるSingh氏です。
Singh氏は、データを持つ者と持たざる者の間でデータを活用した意思決定が迅速にできる組織とそうでない組織に二分されており、そのギャップを解消する必要があると主張しました。
Mastercard社はそのための施策として、ロックフェラー財団とdata.orgという組織を設立し、世界中の誰もがデータサイエンスの能力を習得できる環境を整備している他、世界中にデータ・キャパシティ・ハブを設立することで、ソーシャルセクターが能力を高めるための集中的なリソースを提供できるよう努力しています。
地政学的リスクが高まる中でのデータ分野の協力
ここで話題は、データ分野での協力と地政学的なリスクの関係性へと移っていきます。
「ウクライナの戦争や台湾を巡る中国の動向といった安全保障上の問題を受けて、データ分野での協力が困難になると思うか」と尋ねられた河野大臣は、「国境を越えて取引されるものがモノやサービスだけでなくデータも含まれる以上、そうはならないだろう」と答えました。
続けて、国際的に調和・収斂していない各国のデータ規制に対して、大企業はこれらに対応することができるが中小企業にはそれだけの力がないことを指摘し、規制の透明性を確保する重要性を強調しました。また、そのための施策として、特定の産業分野において何を遵守する必要があるかを確認することができる規制情報に関するグローバル・レジストリを構築したいと述べています。
地政学的な問題や国際的に分断された規制環境が、データ・キャパシティ・ハブのノードの設置場所に関わる意思決定にどのような影響を与えているかを問われたMastercardのSingh氏は、これらのターゲットがソーシャルセクターであるため、国家の安全保障や国家権力に関わることはほとんどないと述べた上で、国家間の相互運用性の重要性について指摘しました。
さらに規制の調和を目指すだけでなく、サイバーセキュリティを確保するためのツールを整備する形でデジタル化を進めていく必要があると述べます。
国家間でデータ共有が行われる際の原則について言及したのがインド産業・貿易振興部長官のJain氏です。
Jain氏は、高まる地政学的な緊張感が高まる中でG20の議長国として指導者間の意思疎通を促した経験に基づきし、国家を超えた共同作業の枠組みを設けることの重要性を強調しました。その上で、以下の7つの原則が満たされているならば、共有が可能だろうと主張します。
滞ったデータの流れの潤滑剤となるのは何か?
HUB OceanのMathisen氏は、誰もが立ち入ることができるが誰にも属さない公海にガバナンスを例にデータガバナンスの難しさとこれを乗り越えるための提案について話しました。
「現在はどのような船舶がどのように海洋環境に影響を与えているかを測る尺度が不足していることで、透明性が確保されず協力体制が築かれていません。しかし、衛星データの活用等で船舶の航海情報を把握し、Green Digital Finance Alliance等と協力することによって、良い行動には金銭的なインセンティブを与え、悪い行動にはペナルティを課すことで、アカウンタビリティを確保することができるようになるでしょう。」
Mathisen氏の話を受け、業界間・企業間でデータ共有が行われるためには何が必要であるかの議論が行われました。
MastercardのSingh氏は自社の取り組みであるInclusive Growth Scoreやインド政府と立ち上げたSocial Progress Initiativeを紹介し、すべてのデータを共有し、開放することは可能であると述べました。
「ただし」とSingh氏は付け加えます。これらはJian氏が言ったように原則に則って行うべきであり、それを実現するには分析方法、データセット、研究対象について理解するだけの能力が必要があると言います。「それゆえにキャパシティの平等性を確保することが大切なのです。」とSingh氏は続けました。
単なる宣言の域を超え、実際のアクションとしてデータ分野での協力を行うためには何が必要か尋ねられた河野大臣は、信頼性を高めることが重要であると答え、そのために、まずはG7のような有志国がリーダーシップをとって透明性と相互運用性を兼ね備えた信頼のあるデータ体制を構築する必要性があると訴えます。
このような成果志向の組織を設けることではじめてデータは流れ始め、結果的に社会全体が恩恵を受ける包括的なデータ経済へと発展していくと主張しました。
「データは石油やガスと違い、ある者が使用することによって他者が使用できなくなることがない。データはより広く共有することで、皆が恩恵を受けることができる」と河野氏は述べます。
河野大臣のこの発言に同意したのが、HUB OceanのMathisen氏です。データは提供者と利用者がWin-Winの関係を築くことができることを、海洋データマネジメントを例に補足しました。例えば、海上風力発電を建築する際には海洋のデータが必要ですが、現状は各国が独自に閉鎖的に情報収集を行っています。
Mathisen氏は、ここにデータ分野の絶好の機会があると言います。すなわち、同じ海に接する国家で協力してデータを収集し共有することで、現在の競争環境よりも大きなベネフィットを業界全体で受けることができるということです。
発展途上国に対するデータ分野での協力措置を質問されたインド産業・貿易振興部長官のJain氏は、デジタル公共インターネットインフラの提供、サイバーセキュリティ分野での知見の共有、オープン・ネットワークによる民主的で包括的なデジタル化の経験の共有によって協力を実現しようとしていることを述べました。
データ分野の協力を前進させるためのステップ
最後に、モデレーターのTso氏が、各スピーカーにデータ分野での協力を実現する上で、一歩踏み込んだ具体的なステップについて質問し、各スピーカーが端的にこれに回答しました。
Singh氏(Mastercard)「キャパシティ・ビルディングによる不平等性の解消が大切です。data.orgの活用はその一助となるでしょう。」
河野デジタル大臣「民間企業の意見が必要です。4月のG7デジタル・技術大臣会合の前日に、マルチステークホルダーからなる国際的な官民フォーラムを世界経済フォーラム(第四次産業革命日本センター)とともに開催します。」
Jain氏(インド産業・貿易振興部長官)「データ共有の原則に則った民主的なでオープンなシステムを作り、包括的にデジタルリテラシーを高めることが必要です。」
Mathisen氏(HUB Ocean)「風力発電に取り組んでいるすべての国が、入札プロセスにおいて誰もがデータをアクセスできるよう開示を義務付ける等をしてほしいです。このような措置により積極的な協力関係の模索が可能になるはずです。」
パネルディスカッションの終了後、質疑応答で、G7に対する期待についての質問が投げかけられました。
河野大臣は、「G7では新たなデータレジームのための組織を設立することに対する支持を得て、これを運営し始めることを期待している」と回答し、Jain氏は、G20議長国として、「ステークホルダー同士で関わることが重要だ」と付け加え、河野大臣の考えへの支持を表明し、セッションは終わりを迎えました。
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