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 インポの村井(「さっそう登場、ご紹介にあずかりましたインポータント・コンサルテンツの村井です。『インポ・テンツの村井』もしくは『インポの村井』とお気軽にお呼びください。いや、小生の愚息のほうは今でも10代の如き尖り具合、毎朝びっきびきですがね、ワッハッハ!」と村井自身が開口一番そう言ったのだ)が、「あぁ」と低く呻きながら口を大きく開いて舌を伸ばした(舌を出す前に、「それでは、お近づきのしるしとして特技を一発」「画面共有を頂戴しますよ、っと」とインポ村井は言った)。
 マグロの血合いの部分と煙草を吸い過ぎた肺を思わせる色の舌ベロだった。そして長かった。村井の顎のあたりまで舌は伸びていた。
 村井は目を大きく見開いた。黒目の部分がまず瞼の裏側へ一瞬引っ込み、すぐに戻ってきた。寄り目だ。あるいは歌舞伎の「睨み」にも似ていた。
 見事な、本当に見事なアへ顔だった。インポ村井のアへ顔が、PCの画面いっぱいに表示されていた。
 これが会社(子供向けの、衣料品なんかを売っている)の、基幹システム刷新における一番初めのキックオフミーティングで無ければ、スパチャのひとつでも贈りたくなるような、そんな見事なアへ顔で、「睨み」だった。魑魅魍魎のたぐいさえ、この睨み(アへ顔だ)を見れば一目散に逃げかえるだろうと思われた。
「あぁ」と村井が呻いた。アへ顔。口の端からは涎がとろりとこぼれた。
 この人はなぜ、ウチの会社の基幹系刷新プロジェクトに食い込めたんだっけ。社長か、誰かが無理くりねじ込んだような話を聞いたような気がするが、真偽のほどは不明だった。本当に誰なんだこいつは。同じシステム課の澤部さんと井戸さんがミーティングを退出した、と画面の端に通知が出て、消えた。
 昼間の回線は特に混雑することもなく、また開発用に使っているちょっと大きめのディスプレイは、情け容赦ない解像度で彼のアへ顔を僕の網膜へ流し込んできた。胸のあたりに先ほど食べたハムとキュウリのサンドウィッチがこみ上げてくるのを感じた。
 僕はちょっとこめかみを抑えて、窓の外を見た。よく晴れていて、それでいて涼しい風が時折吹くような、とてもいい天気だった。何処か、ピクニックか、ハイキングにでも行きたいな、と僕は思った。
 基幹系の刷新はこれから数年かけて行われる予定だ。要件定義とか、毎週の定例ミーティングとか。それから実装や各種のテスト。本番環境への切り替え。どこかのタイミングでは対面での打ち合わせも避けられないだろうな。つまりこれからの数年、僕や、今ミーティングに参加している皆は、このインポの村井氏と毎週のように顔を合わせる訳だ。
 やれやれ。
 僕はとりあえずマイクをオンにしてこう言った。
「たいへん見事なアイスブレイキングでした。村井さん、今後とも宜しくお願いします。では、次の方、簡単な自己紹介のほうを……」

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