市長「あんまワシに近づかんほうが……」
「あんまワシに近づかんほうが……」
選手は思わず苦笑する。
市長はガハハ、と高笑いすると選手の首にかけられたメダルを引きちぎり、まるまる口の中に入れる。
選手はあっけにとられる。集まった記者も一瞬ぽかんとするも、すぐさまパシャリパシャリとカメラのフラッシュを点滅させる。
市長はメダルの、世界一の味を、舌で丹念に確かめるように口をもごもごと動かし、ぐっと首をそらして上を向いて、ごくり。
喉仏が上下に大きく動く。メダルが喉を通過する様子をテレビ局のカメラが克明に映し出す。
「あ、あんた、なにやってんだ?!」
我に返った選手が抗議の声をあげようとする。それを、上を向いたまま市長が手で制する。
刹那、市長は眼を見開いて選手のほうを睨みつけると、
「ちょっ────」
選手の頭を掴むとグイと引き寄せてから、大きく口を開けて齧りつく。いや飲み込む。蛇が、自重より遥かに大きな獲物を丸のみするかのごとく。
んぐっんぐっ、んごっ。ぼきぼき、ぼき。
選手の胸のあたりまで飲み込んだ市長が再び天を向く。口からはみ出た両足が断末魔のように痙攣し、動かなくなる。
あっというまに市長は選手を平らげる。市長の腹が異様に膨れ上がり、はじけ飛んだシャツのボタンがコロコロと床を転がる。
余りの出来事に、その場にいる誰も声をあげない。凍り付いたように止まっている。
市長は、げふっ、とげっぷを一つ漏らしてから、記者たちを見据えると、
「あんま、ワシに近づかんほうが……」
そう言って、口角をギュッと歪ませて笑う。
テレビカメラが倒れ、会見場の床を映す。逃げ惑う記者たちの足と、断末魔。
その様子がお昼のワイドショー、そのスタジオの液晶画面に映し出されている。
コメンテーターたちも身じろぎせずに固まっている。
「……ちょっと凄まじい会見だったのですが……」
メインパーソナリティが、何とかそれだけ絞り出す。
アシスタントディレクターが半狂乱にカンペに書きなぐり、メインパーソナリティに向けて掲げ、これを読めと言わんばかりにばんっ、ばんっと手のひらで叩く。
メインパーソナリティは書きなぐられたカンペを読み、一瞬驚いた表情を浮かべてから、
「……続いては、可愛いペンギンの赤ちゃんの話題です……」
町の中華料理屋のテレビに、よちよちと歩くもふもふの物体が映し出されると、止まっていた時が動き出したかのように男たちがそれぞれの皿に再び向かう。
「最近多いですね、こういうの」
スーツを着た若い男が言うと、向かいの席に座った年かさの男が、
「世の中が乱れてるんだよな」
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