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【与太話】あれは小林なのか?

ビジネスモデルとは関係ない与太話です。
なぜこんなものを載せているのかの理由は、こちらを参照してください。

あれは小林なのか?

ひろくんは手を止めて、思いつめた顔をあげました。
「あのね、先生」

「ん、どこがわからない?」
「ドリルじゃなくて小林のことだけど」

僕は学生時代、バイトでひろくんという、団地に住むカギっ子の小学生に勉強を教えていました。
(実際には、健康な男子小学生を勉強机に縛りつけるのは至難の技でしたが)

団地のあるこのあたり、江戸時代には罪人の処刑場があり、そのせいでしょうか、僕はひろくんからいろいろ奇談を聞いたものです。
今回もそんな記憶からです。

「小林?」
「ほら、同じ階にいる同級生」

小林君について、ひろくんからときどき聞いていたのを思い出しました。
たしか体が弱くてよく学校を休む子で、ひろくんはその都度、宿題やプリントをおうちに届けてあげています。

「小林のやつ、今週ずっと休んでて。ピンポン押しても誰も出ないんだ」
「それは心配だね。今週ずっと?」
「今週ずっと」
「両親とか兄弟とかいないの?」
「いるはずなんだけど、誰も出ない」
「入院したとか」
「それがね、夕べ電話したら小林出たよ」
「じゃあ、いるじゃん」
「でも、変な電話だったんだよね。あれは小林だったのかなあ」

「小林の声はあんなじゃない」ひろくんは続けました。「だって大人みたいな低い声なんだよ。それもすんごいガラガラ声」

「お父さんとか?」
「かな、と思って『ヒトシ君いますか?』って聞いたら、『ヒトシだよ』って」
「ガラガラ声で?」
「ガラガラ声で」
「風邪かなんかで喉をやられたんだな」
「でね先生、預かってるプリントをいまから持ってくよって言ったら、来るな、って言うんだ。なんか怒ってた」
「怒ってた?」
「あんなのおかしい。小林じゃないよ」

ひろくんはランドセルから、小林君に渡すつもりのプリントの束を取り出し、ため息をつきました。
「困ったなあ。渡さないと叱られるのに」

僕は言いました。
「これから渡しに行こうか。同じ階ってことはすぐそこだろ。一緒に行くよ」

「ありがと先生。でも小林は来るなって」
「機嫌が悪かっただけだろ。さ、行こか。用事を済ませてドリルの続き、すっぞ」
「それが先生…。なんか気になることが もうひとつあってね」
「うん?」

「小林のやつ、『来るな。もし来たら、次はお前だからな』って言ったんだけど、あれはどういう意味なのかな」





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