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天下の愚策を斬る ~露と消えた「医療職の所得向上政策」~

国の医療費は年々増大し続けています。
それを抑制するために、これまで長らく診療報酬のゼロ改定が続きました。病院や、そこで働く医療職は、ずっと苦しい思いをしてきました。

そんな中で、現首相は「医療職の所得向上」を高らかに宣言しました。その実現のために、「公定価格の抜本的見直し」を行うと明言したのです。多くの病院、そして医療職が、期待に胸を膨らませました。

これは、彼が2021年10月4日に、第100代の首相就任演説で語った

『分配なくして成長なし』

という思想を踏まえたものです。国民の所得が向上すれば、消費が増え、経済が活性化するという考え方です。

この考え方を一概には否定することはできません。

ただ、極めて社会主義的な考え方であり、立憲民主党や共産党、れいわ新選組などと基本的に同じ主張となってしまいます。自民党の重鎮たちも、この発言にはびっくりしたことでしょう。

MMT(現代貨幣理論:インフレ率が一定の水準となるまでは、お金はどんどん刷って構わないという主義)という思想もなくはないです。

しかし30年間経済が停滞し、少子高齢化と人口減少が進み、その間、税収も伸び悩み、国家財政を赤字国債で支え続けてきた日本です。冷静に考えて、「財源どうするの?」という根本的な問題を無視するわけにはいきません。

そこで彼は総裁選の只中で、「金融所得課税の強化」を打ち出します。

その発言に市場は敏感に反応しました。彼が自民党の総裁選に勝利した9月29日以降、日経平均は、6日間で2,600円、8.7%の大暴落となったのです。


その後、2021年10月11日のTV東京の番組で、医療職等の給与引き上げの財源について問われたときに、彼はこう答えました。


「増税ではない。まず基本は成長。『成長なくして分配なし。』」


なんと、わずか1週間で考え方を180度転換させたのです。合わせて、金融所得課税についても、当面見直すことはないと発言しました。


さすが、人の話を良く聞く方。迷走ぶりが半端ないです。


この時点で私は、「公定価格の抜本的見直し」も99.9%夢想に終わるだろう、と失望していました。


そして案の定、2021年11月17日に報道があった

「救急医療に携わる病院の看護師の賃金を、2022年の2月~9月まで、月4,000円上げる」

という方針の発表に至ります。

病院や職種が限定されたばかりでなく、時限装置付き。しかも月4,000円という極めて少額の賃上げ。これはおよそ1%の所得向上にあたりますが、政府が掲げる2%のインフレ目標に対して、わずか半分に留まります。

更には「医療機関の判断により、同じ職場の理学療法士や作業療法士らの賃上げに充当することなども認める」という、とんでもない報道もなされました。

医療機関にその判断を任せれば、どう分配したって不公平感が出ることは避けられません。もしそれを恐れて、広く遍く分配したとしたら、それこそ職員個々の賃上げ率は微々たるものとなってしまいます。

これでは、医療職はむしろ馬鹿にされた気になってしまい、逆に士気の低下を起こしかねません。

しかも、たかだか月4,000円×8か月のために、病院事務は膨大な作業を強いられることとなるでしょう。

昨年支給された慰労金よりも、圧倒的に少額であるにもかかわらず、です。

(ちなみに昨年の慰労金においては、新型コロナウイルス患者を受け入れる病院は、全スタッフ一律20万円、それ以外の病院は、全スタッフ一律5万円が支給されました。当時は、医療職に対する感謝の声も多くの方から届き、大きなエネルギーとなりました。)


「公定価格の抜本的な見直し」と大見得を切った結果がこれです。


つまり彼には、ビジョンもなければ、覚悟もなかった。

そして、国民との約束を守る、という誠実さもなかったのです。


完璧な政策など存在しません。何かを変化させれば必ずそれによって利益を受ける人、不利益を被る人の両方が発生します。

だからこそ、国を預かるリーダーは、揺るぎない国家観をもって、「この道を進む」という決意の元、批判を覚悟で行政に携わらなければなりません。人の意見に耳を傾け、参考にすることは大切ですが、唯々諾々とそれに従うだけでは、存在意義がないのです。


新型コロナウイルスの蔓延によって、医療資源は有限であるということを国民は痛感したと思います。また日本の医療システムが、様々な問題を抱えているということも明らかになりました。

そんな中、医療職は疲弊しながらも、それでも高い使命感を持って、人々の命に向き合い続けてきたのです。

そんな私たちを、もうこれ以上、馬鹿にしないでいただきたい。

そう強く願います。

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