紅葉
これはFさんという女性から聞いたお話です。
彼女が中学生時代のことだと言いますから、昭和40年代頃の出来事だと思います。
当時Fさん一家は県中部の山あいの町に住んでいました。
周囲を低い山に囲まれた自然豊かな町でした。
特に山々が赤や黄色に美しく色づく晩秋から初冬は、Fさんがいちばん好きな季節でした。
彼女の部屋の窓から見える景色も、その時期は一幅の絵のような美しさだったと言います。
Fさんが中学2年生の12月中旬のことでした。
美しかった紅葉も終わりを迎え、山々は冬の姿に変わっていこうとしていました。
彼女の部屋の窓から間近に見える裏山の紅葉も、あらかたその葉を散らして緑と褐色の寒々とした景色になっていきます。
そんな季節の移ろいを惜しみながら眺めていたFさんでしたが、ふと山の中腹にある一本の木が目にとまりました。
大きなヤマモミジの木でした。
周囲の木々がどれも葉を落として、乾いた褐色の枝を見せている中、その一本だけは鮮やかな赤色の葉をつけたまま、初冬の陽を浴びて立っているのです。
Fさんは当初、その鮮やかな紅葉を秋の名残として楽しんでいました。
しかし、四、五日たってもその赤い葉はまったく散る気配を見せず、すっかり冬の装いとなった山の中腹に燃えるように立ち続けているのでした。
これにはFさんのみならず、周囲の大人たちも驚きと同時に、少し気味悪く感じはじめていたということです。
そして、ここからは両親からあとで聞かされたことですが、この散らない紅葉のことは町でも話題になり、青年団の若者数人が遊び半分で、いったいどうなっているのかと確かめに行ったのだそうです。
その木が生えている裏山には、一本の林道が通っていました。
昔は隣町へ行くための山越えの道でしたが、近くに広い県道が開通してからは、通る人も稀な、さびれた道になっていました。
散らないモミジが立っているのは、その林道から少し山の中に入ったところのようでした。
若者たちが、軽自動車一台がやっと通れるほどの林道を登っていくと、道の脇に一台のバイクが停まっていました。
不審に思いながら、林道から山に分け入ってモミジの木のそばまで行ってみると、その根方に一人の若い男性が倒れていたそうです。
すぐに警察と消防に通報して、捜査が開始されました。
遺体の身元は、免許証から隣県に住む青年と判明しました。
検死の結果は、事件性はなく自ら命を絶った形跡もないとの結論でした。
遺体のそばにカメラが落ちていたことから、山越えのツーリングの途中に紅葉の写真を撮ろうとして、なんらかのアクシデントがあったのだろうと推察されましたが、特に外傷はなくはっきりとした死因は不明のままだったそうです。
町の人たちの中には、山の神様か魔物に呼ばれたのではないかと噂する人もいました。
また、ある古老は山に入ってはいけない日に入ってしまったのだろうと言っていたそうです。
その古老によると、12月12日は山の神が木の数を数える日とされていて、この日に山に入ると、神様に木と間違えられて数えられてしまい、山から帰れなくなったり、怪我をしたり命をなくす者もあるという言い伝えがあるのだということでした。
はたして山の魔物に呼ばれたのか、神様に木と間違われて数えられてしまったのかはわかりませんが、あれほど紅葉を保ち続けていたモミジの大木は、遺体が発見された翌日には、まるで役目を終えたかのように、一斉にその葉を散らしたしまったのだという、そんなお話でした。