見出し画像

怪談誕生

私は小学2年生のときに、転居にともなって、市の中心部の学校から南部にある小学校に転校しました。
60年も前のことです。

今は住宅が密集していますが、当時周囲は田んぼや畑ばかりで、学校の建物はその中にぽつんと建っていました。
北側の正門を入ると、右手に体育館兼用の講堂があり、その前には備前焼の二宮金次郎像。

正面には校長室や職員室、音楽室などのある平屋の校舎があり、その向こうには東西に長い二階建ての木造校舎が2棟、さらにその向こうが運動場という配置でした。

当時でも創立100年近い古い学校でしたので、怪談的な話も多く伝わっていました。
理科室や音楽室、二宮金次郎像にまつわる、全国どこにでもある怪談がほとんどでしたが、中にひとつ学校独自の話として「便所小僧」というのがありました。

そのころの生徒用のトイレというのは校舎の中ではなく、二階建ての木造校舎の間のいちばん東側に別棟として設けられていました。
瓦葺きの小屋でしたが、男女共用で出入り口に扉はありません。

中の床はコンクリートの打ちっぱなしで、小便器はなく、床の片側の壁際が一段高くなっていて、男子はそこに立って壁に向かって用をたすという、いたって簡単な造りでした。
校舎の間にあったためか、全体に冷え冷えとした薄暗い感じで、利用する生徒はあまりいなかったと記憶しています。

男子用トイレの反対側には、個室が5つと掃除用具入れが並んでいましたが、個室の扉はどれも古びた木の板で、当時のことですから中は和式の汲み取り式の便器でした。
トイレの外側の壁には、個室分の臭突(しゅうとつ=臭い抜きの煙突のようなもの)と、汲み取り口の鉄の蓋が並んでいます。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、「便所小僧」の話というのは、毎晩夜中の2時か3時頃になると、この5つ並んでいる汲み取り口の真ん中の鉄蓋が持ち上がって、そこから糞尿まみれの男の子が出てくるというものでした。

なんでも昔、いじめられっ子の男子がいて、ある日トイレの個室の中に閉じ込められたのだそうです。
いじめっ子たちは個室の扉の外や、小屋の外の小窓の下に陣取って、男の子を逃さないようにしたのでした。

そしてしばらくすると個室の中が静かになったので、扉を開けたところ、閉じ込められていた男子の姿はなく、のちに便槽の中から発見されたというのです。
その男の子の幽霊がいじめっ子たちを恨んで、夜な夜な現れるのだというのが「便所小僧」の話でした。

この話、もちろん噂だけで誰も見た者はなく、便槽の構造的にもありえない話だったのですが、生徒の間ではまことしやかに語り継がれていました。
私が小学4年生の時のことです。
同じクラスにH君というガキ大将的な男の子がいました。

夏休みのある日、彼の家に6年生の兄の友人二人が泊りがけで遊びに来たのだそうです。
そこでどういったいきさつかはわかりませんが、肝試しがてらこの「便所小僧」の姿を一度この目で見てやろうという話になったのだそうです。
この計画を聞いたH君は、お兄さんたちにせがんでいっしょについていくことにしたのでした。

H君の家は学校のすぐ隣、歩いて1、2分のところにありました。
夜中、彼ら4人はこっそりと家を抜け出し、学校の東門を乗り越えて敷地内に侵入しました。

当時のことですから警備会社などは入っていません。
宿直の先生と住み込みの用務員さんはいましたが、深夜の見回り時刻はとうに過ぎていて、その気になれば誰でも簡単に侵入できたおおらかな時代でした。

H君たちは校舎の陰に隠れて、持ってきた腕時計とトイレの小屋の汲取口を見比べるようにして監視を続けました。
やがて時計の針は午前2時を指しましたが、汲み取り口の蓋はピクリとも動きません。

時間は2時を回り刻々と過ぎていきましたが、あいかわらず汲み取り口にはなんの変化もありませんでした。
やがて午前3時になり、それまで一心に汲み取り口を見つめていたH君たちが、眠たさもあって今夜はあきらめようかとなったときのことでした。

隠れていた校舎の陰から立ち上がり、こわばった身体を伸ばしたH君はなにげなく向かいの校舎の2階を見上げました。
ふと見上げたその窓には、いつからいたのか青白く光る女の子の姿があり、H君たちを見下ろしていたのです。
学校の夏の制服姿で、年格好はH君よりも少し年長のようでした。
身体全体がぼんやりとした青白い光に包まれていて、無表情のままじっと彼らを見下ろしているのでした。

それを見たH君たちは一瞬固まったのち、夜中にもかかわらず、大きな悲鳴を上げながら我先にと門扉を乗り越えて、這々の体(ほうほうのてい)で自宅へと逃げ帰ったそうです。

家に帰りついて一息ついたお兄さんたちは「あれはA子だったよな」と興奮した口調で確認しあっていました。
それによると、A子さんというのは、お兄さんたちの同級生だった女の子で、4月の初めに2週間ほど通学しただけで病気で入院してしまい、夏休み前に亡くなった子なのだそうです。

彼女が立っていたのは、お兄さんたちの教室の外の廊下の窓際でした。
「今でも学校に通ってるんだ」
「よっぽど学校に来たかったのかな」
などとA子さんを知るお兄さんたちは、口々に言っていたのでした。

やがて夏休みが明け、この話はH君やお兄さんたちの口からクラス中、学校中へと広まりました。
A子さんという具体名が含まれていたために、遺族に配慮して、朝礼で校長先生が噂話の禁止を言い渡すほどでした。

それで噂話は下火になりましたが、まったく消えてしまうことはありませんでした。
それどころか、私が卒業するころにはいつのまにか話に尾鰭がついて、
〈夜中に校舎の2階の窓に病気で亡くなった女子生徒が立っていて、目が合うといつのまにか真後ろに迫っている。そして、奇声を上げながら夜が明けるまで学校中を追いかけ回してくる」などという、新たな学校の怪談へと育っていたのでした。

現在は木造校舎から立派な耐震構造の3階建の校舎に変わり、校舎の配置そのものもまったく変わってしまって、こんな古い怪談話ももう消えてしまったのでしょうが、今でも私の中に残るはるか昔の母校の思い出話なのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「学校に纏わる不思議怖い話」
2024.11.17

いいなと思ったら応援しよう!