再会
これはミワさんという30代の女性から聞いたお話です。
10年ほど前のお盆の時期に、中学校の同窓会が開かれたのだそうです。
会には学生時代、ミワさんの幼馴染で仲のよかった、ヒトミさんとヨーコさん、それに中学3年の3学期に県外へ引っ越して行ったフミカさんも参加していて、久々の再会に話がはずみました。
同窓会のあとミワさんたちは、二次会には参加せず、4人だけでスイーツを食べに行ったそうです。
ひとしきりスイーツとおしゃべりを楽しんだあと、お店を出たところで、さて、これからどうする?となりました。
すると、ヒトミさんが、
「私今日車で来てるし、お盆だし、肝試しに心霊スポットに行ってみない?」と言い出したのです。
ほかの3人は、最初は反対していましたが、ヒトミさんの
「K山に行こうよ。あそこなら夜景もきれいだし」という言葉に渋々ながら同意したのでした。
K山は、市の南東にある標高289mの市境(しざかい)の山で、駐車場のトイレで首を吊った男性の幽霊が出るという話をはじめ、男性、女性、少年や赤ん坊まで、さまざまな霊の噂がある心霊スポットでした。
そして同時に、きれいな夕日や夜景が見える場所としても、地元の若者たちには有名な山だったのです。
4人はヒトミさんの運転で、助手席にフミカさん、後部座席にミワさんとヨーコさんが乗り込み、夜更けの市街地を抜けて、K山へと向かいました。
しかし、心霊スポットのはずのK山では何事も起こらず、ただただきれいな夜景を眺めただけで帰ることになったのだそうです。
山を下りはじめてしばらくして、さっきからバックミラーをちらちらと見ていたヒトミさんが、
「ねえ、後ろ、なんか白い霧か靄(もや)みたいなのがついてきてない?」と、おびえた声で言い出しました。
驚いてあとの3人が後ろの窓を振り返ると、たしかに白い靄のかたまりのようなものが、後続車もない真っ暗な夜道を、うすく光りながら車のあとについてきているように見えました。
「えっ、なに?!おばけ?!幽霊?!怖い怖い怖い!」と
車内は大騒ぎになりました。
ヒトミさんがスピードをあげても、靄は車の10メートルほど後ろをピッタリとついてきます。
靄はさほど大きくなく、路面の低い位置を小さく波打つようにして従いてきています。
「あれって、人の幽霊にしてはちょっと小さくない?」と、後ろをずっと見ていたヨーコさんが言いました。
「いやいや、四つん這いになって走ってくる何とかババアっていうやつかもしれないじゃない」とミワさんが言うと
「四つん這い?ああ、なんか動物の霊かもしれないね」とヨーコさんは言葉を返しました。
すると、それまで黙って二人の会話を聞いていたフミカさんが、急に「止めて!車を止めて!」と大きな声をあげたのです。
「え~っ?!今止めたら追いつかれるじゃん」とヒトミさんが言っても、
「いいから止めて!」とフミカさんは叫びます。
そのあまりの勢いに、ヒトミさんが路肩に車を止めると、彼女は飲んでいた水のペットボトルを持ったまま、急いで車を下りていったのでした。
フミカさんは、車の後方5メートルほどのところに止まっている白い靄のところまで走って行くと、その脇にしゃがみこんで、なにか言いながらペットボトルの水を靄に注ぎはじめました。
すると靄からは細い尻尾のようなものが出てきて、それをしきりに振りながら、すーっとフミカさんの体の中に消えていったのだそうです。
やがてフミカさんは泣きながら車に戻ってきました。
あっけにとられていたミワさんたちは、口々に今目の前で起こったことの理由を尋ねました。
すると彼女は涙をぬぐいながら、こんな話をしてくれたそうです。
フミカさんが中学3年のとき、お父さんの転勤に伴って県外に転居することが決まったのですが、ひとつ大きな問題が発生しました。
当時、ジョンという中型犬を飼っていたのですが、引越し先は会社の社宅のため、ペットの飼育は禁止されていたのです。
フミカさんはジョンと離れるのが辛くて、泣きながら両親に頼んだのですが、結局は父方の祖父母の家にあずかってもらうことになりました。
ところが、たぶんフミカさんが恋しかったのでしょう、ジョンは夜中に遠吠えをするようになり、近所から苦情がくるようになりました。
数ヶ月たった春のころ、苦情に耐えられなくなった祖父母は、近所の男性にジョンの処分を頼んだのでした。
頼まれた男性はジョンを離れた山の中に連れて行き、置き去りにして帰って来たのだそうです。
それがこのK山だということでした。
このことをあとで知ったフミカさんは、大泣きに泣いて、しばらくは食事も喉を通らず学校も数日休むほどだったと言い、祖父母とはそれ以来、口もきかないほどになりました。
しかし、いくら悲しんでも怒ってももはやどうにもならず、この出来事は彼女の心の中に深く消えない傷として残り続けていたのだそうです。
それが今日、靄に追いかけられているときに、ヨーコさんの「動物の霊かも知れない」という言葉を聞いた瞬間に、頭の中で懐かしいジョンの鳴き声が一気に響きはじめて、あの靄はジョンにちがいないと確信して車を止めてもらったと言うのでした。
靄の傍らに行き、ペットボトルの水を注ぎながら、これまで胸につかえていた思いを泣きながら詫びると、白い靄はあの懐かしいジョンの姿に変わり、嬉しそうに尻尾を振りながら自分の中に入ってくるのがわかったのだと言うのです。
この話を聞いて、ミワさんたちの心の中にも、さっきまでついてきていた白い靄と、置き去りにされて必死で車のあとを追いかけたであろうジョンの姿が重なって、改めて4人でひとしきり泣いたのだという、そんなお話です。