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暗夜行路

これは中学時代に同級生だった和田くんから聞いた彼の体験談です。

皆さんは小学校高学年の時、学校行事として、山の学習や海の学習などという宿泊研修に行ったことはありませんか?
私も和田くんも、小学校は違いましたが、共に小学5年生の時に山の学習、6年生の時には海の学習に参加した思い出があります。

山の学習では、テントを設営しての宿泊、飯盒炊爨やキャンプファイヤーなどといったよくある行事とともに、『暗夜行路』という体験学習がありました。
山の斜面に張られたロープを、目隠しをした状態で辿りながら登って(下って)行くというものです。

私たちの時代から今もなお続いている恒例行事なのですが、どうやら岡山県独自のもののようで、珍しい光景としてテレビ番組でとりあげられたこともあったほどです。
和田くんの小学校の山の学習でも、この「暗夜行路」は当然のように行われました。

当日、和田くんたちは揃いの体操服と帽子に軍手、アイマスクやタオルなどで目隠しをして、ロープ伝いに山の斜面を登りはじめました。

彼の学年はA組からD組までの4クラス、150人ほど。
A組の女子を先頭に、「あ」から始まる出席番号順に登り始めたので、D組で番号が一番遅かった和田くんは最後尾でのスタートとなりました。

おぼつかない足取りで先を行く生徒たちの姿を、笑いながら見ていた和田くんでしたが、いざ自分の番となり、タオルで目隠しをしてみると、怖くて最初の一歩さえなかなか踏み出せませんでした。

ある程度踏み固められているとはいえ、凸凹とした山の斜面を、そろそろと足先で探りながら進んで行くのはなんとももどかしく、和田くんは心の内でぶつぶつと不満をつぶやきながら登って行ったのでした。

この行事の目的は、目隠しをすることで協力しあい、コミュニケーションをとりながら、友情、協調、挑戦の心を育むことなのだそうですが、実際は協力やコミュニケーションどころか、みんな自分のことで精一杯で、和田くんをはじめ、生徒たちは口々に「わっ!とか「イタッ!」などと短い叫び声をあげるばかりでした。
先生たちはそばについていましたが、声をかけることはせず、無言で見守っていくというのがルールになっています。

登り始めてしばらくして、目隠し歩行にも少し馴れてきたころ、和田くんはふと気が付きました。
あれほごにぎやかだった、前を行く同級生たちの声が、いつのまにか聞こえなくなっていたのです。

和田くんは不安になり、前にいるはずの脇坂くんに声をかけてみましたが、答えがありません、
代わりに、ブーンという虫の羽音のようなものが小さく聞こえるばかりです。

さらに不安が増した和田くんは、すぐにでもあたりの状況を確認したかったのですが、ここで目隠しを外すと黙ってついてきているであろう先生に叱られると思い、がまんしてロープを辿りながら歩みを続けたのでした。

そうこうしているうちに、虫の羽音のようだったものは、しだいに大きくなり、男性の低い声であることがわかってきました。
なにか呪文かお経のようなものを呟いています。

その声は、和田くんが一足踏み出すごとに徐々に大きくなり、ついには耳を聾するばかりの大音声となりました。
そして、その声の大きさが頂点に達したかと思われた瞬間、つかんでいたロープの硬かった感触が、急に蛇かなにかの胴体を握っているような、柔らかく生暖かい手触りに変わったのです。

和田くんは「わっ!」と驚いて、掴んでいた手を離し、大慌てで目隠しを外したのでした。
すると、あれほどまで大声で響き渡っていた呪文の声はピタリと止み、同級生たちの話し声や、あたりの喧騒が蘇ってきたのです。
蛇のようだったロープも、元の硬い感触に戻っています。

和田くんがホッとしたのもつかの間、背後から
「まだ目隠しはずしちゃだめじゃないの!」という、担任の先生の甲高い声が飛んできたのでした。

その後は何事もなく『暗夜行路』の行事は終了しましたが、和田くんは、
「あのまま目隠しを外さずに、柔らかいロープを辿っていったら、俺はどうなってたんかなぁ?」と怯えた表情で話していました。
「軍手を通して伝わってきた、あの生暖かくて柔らかい感触と、大きな呪文の声は、今でも時々夢に出てくるんだ」
そう言って怖がっていた和田くんなのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 百三日目
2024.2.3

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