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ゴブラン織りの部屋
今回は私が30歳頃に体験したお話です。
その年の12月、私は大阪で開かれた、忘年会を兼ねた短歌会に参加しました。
会が終わり、二次会、三次会と飲み歩いて、気がつけば最終の新幹線の時刻を過ぎており、やむなくホテルに泊まることにしたのです。
しかし、クリスマスも近いその時期は、あいにく目ぼしいホテルはどこも満室でした。
携帯電話のない時代です。
地元の友人たちも協力してくれて、とにかく泊まれればいいからと、公衆電話からあちこち電話をかけて、ようやく新大阪駅近くのビジネスホテルを確保することができました。
今ではホテルの名前も場所も覚えていませんが、住所を頼りになんとか探し当てたのは、薄暗い裏通りにある古く小じんまりしたホテルでした。
料金は4000円ちょっと。
当時としてもかなり安い金額です。
午前0時頃、フロントで昔懐かしい細長い棒状のキータグのついた鍵を受け取り、4階の部屋へ。
ドアを開けて照明のスイッチを入れた私は、通常のビジネスホテルとは異なる光景に一瞬立ちすくみました。
通常は白かクリーム色の無地の壁紙の部屋が多い中、その部屋の壁は薄茶色のゴブラン織りを模した模様の壁紙で覆われていたのです。
しかもよく見ると、ところどころに水漏れの染みがありました。
そして部屋にはもうひとつ違和感が…。
〈この部屋、なんか広くない?〉
そう感じた原因はすぐにわかりました。
部屋にはバスルームがなかったのです。
トイレと小さな洗面台はありましたが、バスタブもシャワーもありませんでした。
ベッドの足元にあるバスタブひとつ分の無駄な空間が、この部屋をなんとなく落ち着かない広さと雰囲気にさせている要因でした。
明らかにユニットバスを取り払って、わざわざバスタブを無くしたような造りでした。
部屋の案内によれば1階に大浴場があるらしいのですが、開場時間はとっくに終わっており、私はしかたなく、そのままこの部屋で寝ることにしたのでした。
ベッドに横になって、うとうとしてようやく寝かけた午前1時頃、私は激しい水音で起こされました。
〈あれ?シャワー出しっぱなしだったかな?〉などと寝ぼけた頭で考えながら枕元の明かりをつけたところで、ようやくこの部屋にはバスルームがなかったことを思い出しました。
驚いて半身を起こすと、ベッドの足元には、白い湯気の塊のようなものが漂っていて、水音はその方向から聞こえていました。
洗面台の蛇口から流れる水音ではなく、あきらかにこの部屋にはないシャワーの音でした。
音はしばらく続いていましたが、足元の湯気のようなものが薄れてゆくにつれて、しだいに聞こえなくなりました。
私は湯気が消えてもなお、半身を起こしたままベッドの上で固まっていましたが、しばらくして恐る恐る確認しに行くと、洗面台には濡れた痕はなく、白い湯気の居たあたりにもなんの変化もありませんでした。
そのあとは特に何も起こりませんでしたが、眠ることができないまま始発の新幹線で帰って、仕事場に向かったのでした。
チェックアウトして、冬の朝のまだ明けやらぬ薄明かりの中、振り返って見たホテルの姿は、明らかにかつてはラブホテルだったことを思わせるたたずまいで、ゴブラン織り風の壁紙の理由もなんとなくわかった気がしました。
なぜバスルームが撤去されたのか?
あの湯気の正体はなんだったのか?
本当の理由はなんであれ、色々と想像を掻き立ててくれるには十分な一夜の体験ではありした。
初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験受付け窓口 百三十四日目
2024.12.14