最強の仮説検証ツール〜市場調査より試作品よりまず「プレトタイピング」〜|#BYARD開発記 08
ユーザーが語っている課題が本質的かどうかは分からないし、身銭を切らない意見は残念ながら当てにはならない。ではどうすればよいのか——。
第8回は、ユーザーから「意見」ではなく「データ」を集めるために行ったプレトタイピングについて、どんな手法なのか、実際に何を行ったのかを振り返ります。
1. プレトタイピングは「そもそも」を検証するためのツール
1-1. プロトタイピングは「試作品」を作り、プレトタイピングは「ふりをしたもの」を作る
プレトタイピングとは、書籍「NO FLOP!」で紹介されている仮説検証の手法です。
一見すると、プロトタイピング(試作開発)の誤字のようにも見えますが、まったく別のものとして定義されています。以下、見分けが付きやすいように本文ではプレトタイピングと太字表記します。
プロトタイピングが製品(の試作品)を実際に作ってみるのに対して、プレトタイピングはあくまで製品の「ふりをしたもの」を作るところが大きな違いです。
1-2. 顧客に対して、まるで本物の製品かのような「ふりをする」
試作品ではなく、製品の「ふりをしたもの」とは、どういうことなのか。書籍のなかではIBMの実験が紹介されています。
IBMは、試作品の「ふりをしたもの」を使いわずかな予算と期間で精度の高い仮説検証を実施、新しい技術開発を行うべきか否かの判断を行いました。
2. プレトタイピングのメリット
2-1. 市場調査では手に入らない「実際」のデータが手に入る
第7話でご紹介したように、市場調査では「本質的ではない意見」や「当たり障りのない意見」が集まってしまう可能性があります。しかしプレトタイピングなら「実際に製品/サービスをリリースしてみなければ分からないようなデータ」を集めることができます。
第7話はこちら👇
書籍「リーン・スタートアップ」には、靴のEC・ザッポス(2009年にアマゾンが買収)の事例が登場します。
ザッポスは、プレトタイピングを行うことで「顧客はオンラインで靴を買う」という仮説の検証のみならず、市場調査では得ることができない顧客が実際にどう動くのかのデータを集めました。
※リーン・スタートアップの書籍中にはプレトタイピングの概念は登場しませんが、「さも靴のECサイトが本当にあるようなふりをした」という点ではプレトタイピング的な事例と言えます。
2-2. プロトタイピングの前に「そもそも」をすばやく・低コストで仮説検証できる
プレトタイピングは、プロトタイピングに取って代わるものではなく、もっと前の段階で「そもそもこの製品/サービスを開発すべきか」を検証するために行うもの、という位置づけです。
プロトタイピングでも同じ検証はできます。しかし、「かかる期間や予算が大きい」「一度プロトタイプを作ってしまうと大幅なピボットがしづらい」などのデメリットがあります。
「そもそも開発すべきか」をすばやく・低コストで確かめるためにはプレトタイピングが適しています。
3. BYARDで実際に行ったプレトタイピング
3-1. プロダクトを作る前にLPを作った
BYARDを開発するにあたってのプレトタイピングは、「ノーコードのウェブサイト制作ツール(STUDIO)を使ってテストユーザー募集用のLPを作り、どの程度の反応があるのか検証すること」でした。
これは、SmartHRでも実際に行われた手法で、当時のLP(SmartHRのプロダクトが完成する前のもの)も参考にさせてもらいました。
もちろん、この時点ではプロダクトは影も形もありません。サイトも、掲載するロゴ(当時は「Backyard」という名称でした)も私の手作りですし、画面イメージすらありませんでした。
あくまでも「事前登録」という形式であり、実際に登録してもらった方には「テスト環境へ招待の準備が整い次第、順番にご連絡を差し上げます」という形で返信をするように設定しました(使ってもらうための製品がまったく完成していないのですから、当然ですね)。
3-2. Facebook広告を出稿した
上記のLPを使って、Facebook広告を出稿しました。これも、バナーの作成から広告の設定作業まですべて自分で行いました。出稿先としてFacebookを選んだのは、ターゲットが細かく設定できるからです。プロダクトの想定ターゲットに対して広告を表示させ、どの程度の反応が得られるのかを検証しました。
なお広告とLPに対する純粋な反応を見るために、Facebook広告以外のSNS(自分の個人アカウント)でのシェアなどは一切行わないようにし、SmartHRの関係者にもそのようにお願いしていました。
4. プレトタイピングを行うことで得られた2つの発見
4-1. 実際のリードの規模感
テストユーザーへ応募するには「個人情報という身銭」を切る必要があるので、「こういうプロダクトを求めている人がどれぐらいいるか」を計るうえでの検証には有効だと思います。
最初の1週間・10万円だけの出稿でしたが、30件を超える登録がありました。その後も1ヶ月間ほど出稿を続け、100件近い登録をいただくことができたので、「ここには十分なニーズが存在するだろう」という感触を得ることができました。
4-2. 想定と異なるターゲットのデータ
テスト登録してもらった方には「導入準備のためのカウンセリング」という体裁でユーザーインタビューを実施しました。
想定以上の応募数があったおかげで、中にはこちらがターゲットとして想定していなかった企業規模や業種の方も含まれており、そこからいくつもの新しい示唆が得られました。
5. プレトタイピングは「確証バイアス」から抜け出すための強力なツール
確証バイアスとは、自分の仮説を肯定するために都合のよい情報ばかりを集めてしまうこと。
言いかえれば、私たちは仮説を立てた瞬間から確証バイアスに陥るリスクを抱えているとも言えます。通常の市場調査やユーザーインタビューで、このバイアスを拭い去ることはなかなか難しいでしょう。
BYARDの場合は、幸いにも最初に実施したプレトタイピングで「いける!」という感触をつかむことができ、ある程度の確証をもって開発に着手することができました。もしここで反応が悪ければ、方向性を変えたり、メッセージやターゲットを調整したりして、何度もトライ&エラーを繰り返す必要がありました。
仮説はあくまでも「仮説」なので検証されなければいけないのですが、初期段階ではいかに手間と時間とコストをかけずに検証するかが重要です。
もし、私がエンジニアに依頼してプロトタイプを構築・検証しようとしていたら、数ヶ月の時間と百万円単位のコストがかかっていたはずです。しかし、今回のプレトタイピングでは2週間・約20万円で検証することができました。
スタートアップが最もやってはいけない失敗の1つが「ニーズがないプロダクトを作ってしまう」ことです。最初からうまくいくわけがなく、何度も仮説検証しピボットしながらサービスを構築していく必要があります。
すばやく・低コストで仮説検証を行えるプレトタイピングは、スタートアップにとって非常に強力なツールなのではないかと思います。
「BYARD開発記」シリーズのご紹介
「BYARD開発記」は全13話のシリーズになっています。
BYARDそれ自体は、数ある業務用アプリケーションの中の一つですが、その背景にはバックオフィスの実務家として、事業の運営者として感じてきた想いや経験があり、それをプロダクトの設計に込めています。
BYARDでは、私たちと一緒にバックオフィスの世界を変えるようなプロダクトを作る仲間を募集しています。もし開発記をお読みいただいて、ご興味をお持ちいただけたようであれば、ぜひお気軽にお問い合わせください。
シリーズINDEX
第1章:BYARDへとつながった背景ストーリー
第2章:起業・開発で活用した手法
第3章:BYARDのプロダクト紹介
最終章
BYARDの採用情報は、以下のページよりご確認いただけます。
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