見出し画像

最強の仮説検証ツール〜市場調査より試作品よりまず「プレトタイピング」〜|#BYARD開発記 08

ユーザーが語っている課題が本質的かどうかは分からないし、身銭を切らない意見は残念ながら当てにはならない。ではどうすればよいのか——。

第8回は、ユーザーから「意見」ではなく「データ」を集めるために行ったプレトタイピングについて、どんな手法なのか、実際に何を行ったのかを振り返ります。

「BYARD開発記」について ※本文はこの下からスタートです
株式会社BYARD・代表の武内俊介が、サラリーマンから税理士資格の取得を経て起業し、BYARDというプロダクトを作り上げるまでの開発ストーリー。

開発に至るまでの背景や、プロダクトの設計に込められた想い、起業・開発を通じて得た経験などをご紹介します。

※この記事は本人への約半年に渡る取材をもとに執筆/構成を行っています。
(ヒアリング/執筆/撮影:藤森ユウワ)

1. プレトタイピングは「そもそも」を検証するためのツール


1-1. プロトタイピングは「試作品」を作り、プレトタイピングは「ふりをしたもの」を作る

プレトタイピングとは、書籍「NO FLOP!」で紹介されている仮説検証の手法です。

一見すると、プロトタイピング(試作開発)の誤字のようにも見えますが、まったく別のものとして定義されています。以下、見分けが付きやすいように本文ではプレトタイピングと太字表記します。

プロトタイピングが製品(の試作品)を実際に作ってみるのに対して、プレトタイピングはあくまで製品の「ふりをしたもの」を作るところが大きな違いです。

【プロトタイピングと、プレトタイピングの違い】

プロトタイピング
実際に製品の試作品を作って、アイデアが実現可能か、どのように機能するのか、どんな形やサイズにするか、などを検証するためのもの
・期間:数か月〜半年
・予算:数百万円

プレトタイピング
製品の「ふりをしたもの」を作って、アイデアをそもそも手がけるべきか、製品化すべきかどうかを、すばやく・低コストで確かめるためのもの
・期間:数時間〜数日間
・予算:数万円

プレトタイピングは「NO FLOP!」の著者による造語であり、プロトタイピングと、「〜のふりをする」という意味の“Pretend”、プロトタイプよりも「前」に行うという意味での“Pre”が組み合わさったものです。

1-2. 顧客に対して、まるで本物の製品かのような「ふりをする」

試作品ではなく、製品の「ふりをしたもの」とは、どういうことなのか。書籍のなかではIBMの実験が紹介されています。

IBMは、試作品の「ふりをしたもの」を使いわずかな予算と期間で精度の高い仮説検証を実施、新しい技術開発を行うべきか否かの判断を行いました。

【IBMの事例】

まだコンピューターが一般に普及しておらず、文字の「タイピング」が特殊技能だった時代。コンピューター市場とタイプライター市場のリーディングカンパニーであったIBMで「音声認識技術」の開発企画が持ち上がった。

現代でこそアレクサやSiriなどの音声認識技術は当たり前だが、当時は夢のような未来の技術。開発には数十年の時間と莫大な予算がかかることが想定され、そこまでして本当に開発に着手すべきなのか疑問が持たれていた。一方で開発が成功すれば、大もうけできるだろうとも予想されていた。

しかし当時のコンピューターの性能では、試作品ですらとても作ることができない。試作品が作れなければ、仮説検証のためのユーザーテストも行えない。そこでIBMの技術者たちは音声認識技術の「ふりをしたもの」を用意してユーザーテストするという、画期的な方法を思いついた。


・「音声入力システムの試作品ができたので、試してみませんか?」と、あたかも本当に試作品ができたかのように説明し、ターゲットになりそうな人たちを集める。

・体験会が行われる部屋にはディスプレイとコンピューター本体、そしてマイクを用意する。

・テストユーザーがマイクに向かってしゃべるとディスプレイにテキストが入力され映し出される。ユーザーにはあたかも自分がしゃべった内容がコンピューターによって自動的にテキストに変換されたかのように見える。

・しかし実は、隣の部屋にベテランのタイピストが控えており、マイクに向かって話しかけられた音声を即座にタイピングし、ディスプレイに映し出しているだけだった。


テストユーザーは最初は誰もが感動し「製品化されたらぜひ購入したい!」と声を上げた。

しかしわずか数時間で評価は180°逆転した。しゃべり続けて喉はガラガラ、みんなが音声入力していたらオフィスがうるさくて仕方がない、機密文書を作るには向いていないなど、数々の問題が明るみになったからだ。

「Google×スタンフォード NO FLOP! 失敗できない人の失敗しない技術」|Part II Chapter 5より(内容は筆者による要約です)

2. プレトタイピングのメリット

2-1. 市場調査では手に入らない「実際」のデータが手に入る

第7話でご紹介したように、市場調査では「本質的ではない意見」や「当たり障りのない意見」が集まってしまう可能性があります。しかしプレトタイピングなら「実際に製品/サービスをリリースしてみなければ分からないようなデータ」を集めることができます。

第7話はこちら👇

書籍「リーン・スタートアップ」には、靴のEC・ザッポス(2009年にアマゾンが買収)の事例が登場します。

ザッポスは、プレトタイピングを行うことで「顧客はオンラインで靴を買う」という仮説の検証のみならず、市場調査では得ることができない顧客が実際にどう動くのかのデータを集めました。

※リーン・スタートアップの書籍中にはプレトタイピングの概念は登場しませんが、「さも靴のECサイトが本当にあるようなふりをした」という点ではプレトタイピング的な事例と言えます。

【ザッポスの事例】

まだオンライン・ショッピングで靴を買うという習慣がなかった時代。ザッポスの創業者・スインマーンは「どんな靴でも手に入るECサイトがあれば、顧客は靴をオンラインでも買うはずだ」という仮説を立てた。

しかし在庫を抱え、決済や流通のインフラを構築するには多大な投資が必要。スインマーンは資金を投じる前に小さなテストを行いたいと考えた。

そこでショッピング・サイトを先に作り、近所の靴屋に頼んで在庫の写真を撮らせてもらいサイトに掲載した。誰かがサイトから買ってくれたら、靴屋の売値で靴を買い取り、自分で発送した。

この小さなテストにより「顧客は靴をオンラインでも買う」という仮説の検証だけでなく、代金の回収、返品の処理、購入後のアフターサポートなど、「ECサイトを開設したら顧客が実際にどう動くのか」という、市場調査では得られないようなデータを集めることができた。

「リーンスタートアップ」 |第1部 第4章より(内容は筆者による要約です)


2-2. プロトタイピングの前に「そもそも」をすばやく・低コストで仮説検証できる

プレトタイピングは、プロトタイピングに取って代わるものではなく、もっと前の段階で「そもそもこの製品/サービスを開発すべきか」を検証するために行うもの、という位置づけです。

プロトタイピングでも同じ検証はできます。しかし、「かかる期間や予算が大きい」「一度プロトタイプを作ってしまうと大幅なピボットがしづらい」などのデメリットがあります。

「そもそも開発すべきか」をすばやく・低コストで確かめるためにはプレトタイピングが適しています。


3. BYARDで実際に行ったプレトタイピング

3-1. プロダクトを作る前にLPを作った

BYARDを開発するにあたってのプレトタイピングは、「ノーコードのウェブサイト制作ツール(STUDIO)を使ってテストユーザー募集用のLPを作り、どの程度の反応があるのか検証すること」でした。

これは、SmartHRでも実際に行われた手法で、当時のLP(SmartHRのプロダクトが完成する前のもの)も参考にさせてもらいました。

初期のLP

もちろん、この時点ではプロダクトは影も形もありません。サイトも、掲載するロゴ(当時は「Backyard」という名称でした)も私の手作りですし、画面イメージすらありませんでした。

あくまでも「事前登録」という形式であり、実際に登録してもらった方には「テスト環境へ招待の準備が整い次第、順番にご連絡を差し上げます」という形で返信をするように設定しました(使ってもらうための製品がまったく完成していないのですから、当然ですね)。


3-2. Facebook広告を出稿した

上記のLPを使って、Facebook広告を出稿しました。これも、バナーの作成から広告の設定作業まですべて自分で行いました。出稿先としてFacebookを選んだのは、ターゲットが細かく設定できるからです。プロダクトの想定ターゲットに対して広告を表示させ、どの程度の反応が得られるのかを検証しました。

なお広告とLPに対する純粋な反応を見るために、Facebook広告以外のSNS(自分の個人アカウント)でのシェアなどは一切行わないようにし、SmartHRの関係者にもそのようにお願いしていました。


4. プレトタイピングを行うことで得られた2つの発見

4-1. 実際のリードの規模感

テストユーザーへ応募するには「個人情報という身銭」を切る必要があるので、「こういうプロダクトを求めている人がどれぐらいいるか」を計るうえでの検証には有効だと思います。

最初の1週間・10万円だけの出稿でしたが、30件を超える登録がありました。その後も1ヶ月間ほど出稿を続け、100件近い登録をいただくことができたので、「ここには十分なニーズが存在するだろう」という感触を得ることができました。

4-2. 想定と異なるターゲットのデータ

テスト登録してもらった方には「導入準備のためのカウンセリング」という体裁でユーザーインタビューを実施しました。

想定以上の応募数があったおかげで、中にはこちらがターゲットとして想定していなかった企業規模や業種の方も含まれており、そこからいくつもの新しい示唆が得られました。


5. プレトタイピングは「確証バイアス」から抜け出すための強力なツール

確証バイアスとは、自分の仮説を肯定するために都合のよい情報ばかりを集めてしまうこと。

言いかえれば、私たちは仮説を立てた瞬間から確証バイアスに陥るリスクを抱えているとも言えます。通常の市場調査やユーザーインタビューで、このバイアスを拭い去ることはなかなか難しいでしょう。

BYARDの場合は、幸いにも最初に実施したプレトタイピングで「いける!」という感触をつかむことができ、ある程度の確証をもって開発に着手することができました。もしここで反応が悪ければ、方向性を変えたり、メッセージやターゲットを調整したりして、何度もトライ&エラーを繰り返す必要がありました。

仮説はあくまでも「仮説」なので検証されなければいけないのですが、初期段階ではいかに手間と時間とコストをかけずに検証するかが重要です。

もし、私がエンジニアに依頼してプロトタイプを構築・検証しようとしていたら、数ヶ月の時間と百万円単位のコストがかかっていたはずです。しかし、今回のプレトタイピングでは2週間・約20万円で検証することができました。

スタートアップが最もやってはいけない失敗の1つが「ニーズがないプロダクトを作ってしまう」ことです。最初からうまくいくわけがなく、何度も仮説検証しピボットしながらサービスを構築していく必要があります。

すばやく・低コストで仮説検証を行えるプレトタイピングは、スタートアップにとって非常に強力なツールなのではないかと思います。


「BYARD開発記」シリーズのご紹介

「BYARD開発記」は全13話のシリーズになっています。

BYARDそれ自体は、数ある業務用アプリケーションの中の一つですが、その背景にはバックオフィスの実務家として、事業の運営者として感じてきた想いや経験があり、それをプロダクトの設計に込めています。

BYARDでは、私たちと一緒にバックオフィスの世界を変えるようなプロダクトを作る仲間を募集しています。もし開発記をお読みいただいて、ご興味をお持ちいただけたようであれば、ぜひお気軽にお問い合わせください。

シリーズINDEX

第1章:BYARDへとつながった背景ストーリー

第2章:起業・開発で活用した手法

第3章:BYARDのプロダクト紹介

最終章


BYARDの採用情報は、以下のページよりご確認いただけます。

また、BYARDのこと、業務設計のこと、バックオフィスのことなど、CEO・CTOと気軽に話せるカジュアル面談も実施しております。「気になるけど、いきなり採用に応募するのはな…」という方は、ぜひこちらへお気軽にお申し込みください。


いいなと思ったら応援しよう!