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オリジナル版・プロレス深夜特急……第4回
■光の群れがあらわれた。暗闇の向こう。オレンジ色の光の大群が、視界いっぱいに広がっている。
上空から見渡すメキシコシティの灯。オレンジ色……いや、だいだい色……いや、懐かしい色だと感じた。なぜ懐かしいのだろう?しばらく考えて思い当たった。そうだ、むかしの町の灯り。裸電球があんな色をしていたのだ。
遠くへきた、ではなく。遠いむかしへきた。それがメキシコという国に抱いた、初めての印象だった。
飛行機が着陸した瞬間、メキシコ人だらけの機内に拍手が沸き起こった。無事に母国へ帰ってこれた安堵と喜びの空気が、機内いっぱいに充満している。オレはというと、急速に焦り始めていた。なにしろ当初の予定では夕方5時に到着するはずだったが、フライト変更により、すでに日付が変わる時刻のはず。明るいうちに到着するから大丈夫だろうと、宿の予約もしていなかった。
飛行機がゲートに横付けになったとき、焦りがさらに高まるものを目撃してしまう。窓のそとのターミナルビル。ボロボロでヒビだらけの外壁。むかしの色に照らされて、前世紀に全機能を停止させた要塞のように思えたのだ。ビルのガラス窓の向こうに、褐色の女性係員同士が周囲の目など気にもとめず、二人で笑い転げるさまが無音で見えていた。
乗客が降り始める。当然、オレも降りなくてはならない。完全に怖気づいていた。このまま日本へ帰れないだろうか?隣の席のメキシコ人が無表情にオレの肩を2回叩き、顎で合図した……ほら、キミが降りる番だよ。
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