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舞依とレイコの空手チョップ……第11話

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■第11話

きょうからシリーズ開幕。オッサン……いや、あたしとレイコは昼過ぎに寮を出て駅まで歩き、今夜の試合会場のある新木場へ向かった。地方へ行くときは皆でバスだけど、東京、横浜、千葉あたりの試合だったら各自それぞれいつも電車だ。うちの会社はバスを持っていない。地方へ行くときは業者さんから借りてくる。なので、近場はバスを借りずに経費節約。大金持ちの全日本女子プロレス連合以外、どこの団体もそんな感じだ。

電車の中は混んでいたので、あたしたちはずっと立ちっぱなしだった。オッサンは「こんな姿をファンに見られたらレスラーの威厳もクソもない!」と不満たらたらだったけど、レイコは窓のそとを眺めているばかりで、ほとんど相手にしていなかった。

そのとき、電車が急停車した。レイコもあたしも吊革につかまっていなかったので転びそうになったが、ギリギリのところでなんとかもちこたえたのだが。レイコの体がやけに不自然によじれたような気がした。

「つっ……!」

「レイコさん!?」

体勢を立て直しながら腰を抑えている。良くない方向にでも捻じったのだろうか。

「大丈夫か?」

「う、うん……平気」

急な停止信号が出ましたが、安全の確認が取れましたので発車いたしますという車掌さんのアナウンスが流れ、電車は再び走り始めた。

「無理するんじゃないぞ、誰かに言って席を譲ってもらおうか?」

「いいの、大丈夫だから……」

言葉が少なく、きょうのレイコはやけに素っ気ない。きのうの夜、あたしに言われたことをまだ気にしているのか。それとも朝からずっと腰が痛いのだろうか。

それでもどちらにしろ、もしもレイコがあたしのことを真剣に考えてくれているのなら、オッサンにはいつもこういう態度で接して当然のはず。だけど全然そうじゃなかった。だから本当はオッサンといるときの方が、あたしといるより楽しいんじゃないかとさえ思っていた。

昨日の夜、そんな気持ちをストレートにぶつけたら、言い負かされたように黙り込んでしまったのは本心を言い当てられたからなのだろうか。だけどレイコは頭がいいから、あたしには想像もつかない何か別のアイデアがあってそうしていたのかもしれない……とかなんとか考えているうち、新木場駅に到着した。

改札を出ると、カレーのいい匂いが漂ってきた。駅の中にあるカレー屋さん。あたしとレイコは新木場大会の日、いつもその店でカレーを食べてから会場へいく。オッサンはツバを飲み込み

「たまらん匂いじゃのう!食っていかんか?」

とカレー屋を指さしたものだから、レイコはくすっと、きょう初めて笑った。

「ワシはカツカレーの大盛りじゃ!」

スキップを踏み、カレー屋に向かっていく。みんなが振り返って見てる!恥ずかしいからやめろお!

するとカレー屋のガラス戸の向こうから、突き刺さってくるような視線を感じた。Uの字のカウンターの奥でカレーを食べている二人。三木先輩と宮嶋先輩だった。スプーンを持つ手を止め、ものすごい顔で睨みつけてきている。テメエぜってーに入ってくんなよオーラ全開だ。

確かに、今夜闘うチーム同士が同じ店でカレーを食べていていいわけがない。だけど、絶対にそれだけではない。ここ最近の先輩たちは、あたしとレイコを間違いなく以前よりも敵視している。合同練習のときですら、一切口を聞こうともしない。

どうしてなのか、あたしにはよくわかる。あたしたちが一日に3回練習していることを、いまでは三木先輩たちも知っているからだ。そのことが気に食わないのだ。頑張っている後輩に追い抜かれてしまうかもしれない。そんな後輩は大嫌い。だから、敵。そういう思考回路の持ち主なのだ。二人に意地悪ばかりされてきた経験から、あたしにはそれがよくわかる。

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