気がつかなかったが私は放置子だった
風邪だったかで幼稚園を休んで布団で寝ていた。母は近所の友達の家へ遊びに行ってしまって、具合が悪かったら叫んで呼んで。まー、無理なんですけどね。ずっとつけっぱなしの教育テレビが悪夢になる位高熱で、母の帰りをひたすら待っていた。
これが私の最古の記憶だ。
家族で夏休みに遊びに行った事もなかったし、七五三もやっていない。お雛様なんてない。いつも男の子の様な服を着せられていて、鍵っ子だった。小1から空腹なら包丁で果物は剥いていた。乳歯は多発性う蝕だった。これらは、ほんの一部分だ。
夏休みに強盗と鉢合わせしそうになった時に、たくさんの警察官が来て騒然となった。母から何か、声を掛けてもらった記憶がない。恐かった事を肯定されたかったんです。
よその家を知らないから、それでも養育されていたと思ってたんです。自分に子供がいる今、私はこれ等はちょっと自分の子にはできない。もちろん、自分の思想信条を隠密裏で押し付けようとも思わない。こんなだから、虐待されてる子供が親元へ戻ってしまうのも今の私なら充分理解できる。ずっと私は放置子だったのだ。そこへ考えが至ったのが実に今日の出来事で、普通に養育してもらえていなかった事、最初から私に人権なんてなかったんです。そう考えると、いきなり新興宗教の信者にされ、嘘を40年も吐かれていたのにも、まぁ納得と言いますか。
じゃあ、私は一体何者なのだろうか?人でいいのだろうか?
そんな疑問に思考の全てが支配されてしまいそうになり悲しくなりました。私が思っていた私と、実は別人なのだ。どう受け止めたらいいのだろうか。
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