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「1億円の壁」問題とは何か?

こんにちは、税理士の吉川です。

9月27日の自民党総裁選の結果、石破さんが自民党総裁になりました。
総裁選前のテレビ討論会などで話題に上がったのが「1億円の壁」です。

「1億円の壁」問題を解消するために金融所得課税を強化するべきだ、いやいや貯蓄から投資への流れをとめてはいけない、など色々な意見が出ていました。

そもそも「1億円の壁」とは何か、この問題はなぜ起こるのか、を解説しました。

所得税の税率

所得税は、超過累進課税方式をとっています。

これは、高い所得には高い税率を適用する方法です。お金持ちにはたくさん税金を払ってもらおうという考え方がベースにあります。

余談ですが、所得が高い人に高い税率を適用することを累進課税といいます。
累進課税には「単純累進課税」「超過累進課税」の2種類があります。

単純累進課税とは、所得が一定金額以上になると所得全体に適用される税率が上がるものです。

一方で超過累進税率では、所得が一定以上になって税率が上がった場合に、所得全体ではなく、一定金額を超えた部分についてのみ高い税率が適用されます(超えていない部分については低い税率を適用)。

所得税を考えるときに、○○円を超えると税率が上がってしまう!と心配する人は単純累進課税をイメージしていることが多いです。

超過累進税率では、一定所得を超えた部分だけが高い税率が適用されることには注意が必要です。

応能説と応益説

いつの時代も問題になるのが、税金をどのように国民に負担させるべきか、という難題です。

ここでは、応能説と応益説の2つの考え方を紹介します。

応能説とは、国は負担できる能力に応じて税金を課すべきであるという考え方です。能力に応じて支払うイメージです。

応能説では、お金持ちはたくさん税金を負担するべきだという結論になります。超過累進税率は応能説と親和性が高いと考えられます。

一方で応益説とは、国が提供するサービスに応じて税金を課すべきであるという考え方です。受ける利益に応じて支払うイメージです。

応益説では、公共サービス(医療、警察、消防など)を受けた割合に応じて税金を負担するべきだという結論になります。

「1億円」の壁とは何か?

日本の所得税は、応能説に基づいた超過累進税率が適用されていることは理解していただけたと思います。

ここで問題になるのが「1億円の壁」問題です。
下のグラフを見てください。こちらは所得に応じた税金の負担割合です。

国税庁資料より作成

1億円の所得を超えると所得に対する税負担率が下がる傾向にあることが分かります。これが1億円の壁です。

応能説によれば、所得が高い人ほど高い税率が適用されるべきです。しかし、実際にはその通りになっていないのです。

なぜ「1億円」の壁が存在するのか?

所得税の仕組みは超過累進税率と説明しました。
しかし実際には、超過累進税率の対象にならないものがあります。金融所得(株式の譲渡益や配当金)がその一つです。

株の売買で得た利益や、配当金は分離課税といって他の所得とは別の集計をして税金を計算します。所得税率は一律15.315%(住民税を含むと20.315%)となります。

1億円を超える所得の人は、事業や給料だけでなく金融所得を得ている人が多いと考えられます。

また、所得税の税率は4,000万円を超えたところが上限となりそれ以上は上がりません。
そのため、所得に対する税負担率は1億円を境界として下がる傾向にあるのです。

事業所得、給与所得に「1億円の壁」はない

1億円の壁は事業から得る所得や、給与から得る所得に対する税率では発生しません。

下のグラフは事業所得者、給与所得者の所得に対する税負担率を表しています。

国税庁資料より作成
国税庁資料より作成

1億円を超えても下がっていないことが分かります。

ではこちらのグラフを見てみましょう。国税庁が、他の区分に該当しない所得者と区分している人達のグラフです。主に金融所得を得ている人が想定されます

国税庁資料より作成

所得が増加しても税負担率がそれほど上がらないのが特徴です。これは分離課税による影響が大きいと考えられます。

「1億円の壁」はすべての所得の合算の結果

1億円の壁は、事業所得や給与所得に適用される超過累進税率と分離課税によって一定の税率が適用される金融所得の合計によって出てくる歪みです。複数の制度が合わさって出てくる問題です。

有価証券の譲渡益に関していえば、投資の促進といった政策的な観点と、譲渡益の把握・評価の難しさといった執行上の問題から分離課税が適用された背景があります。

一口に「1億円の壁」解消といっても・・・

1億円の壁の原因は超過累進課税、分離課税など複数の制度が原因にあります。

それぞれの制度は、それぞれの背景があって今の姿となっています。
一口に解消するといっても、簡単にはいかない問題です。

フリーライダー問題

高所得者は当然たくさんの税金を払っています。一方で所得の低い人はほとんど税金を払っていないこともあります。

受けている公共サービスはどうでしょうか?
整備された道路や、ごみの回収、医療サービスなど、税金を払っていない人も多くの公共サービスを受けています。

高所得者から見れば、頑張って稼いでたくさん税金を納めているのに、受けられるサービスは同じという不満が出てもおかしくありません。

全く税金を払っていない人が、多くの公共サービスを受けられる、こういった人をフリーライダー(ただ乗りする人)といいます。

立場や考え方によって公平な課税のあり方というものは変わってきます。それでも制度として、相当数の人が納得できる制度を作る必要があります。

石破内閣がこれからどのような制度を選択していくのか、注意深くチェックしていく必要があると思います。

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