椎名林檎「さらば純情」の解釈
この曲の人によって違う受け取り方を許す歌詞が好きだ。だから歌詞解釈の押し付けはナンセンスだと思う。せっかく考えたから残したいと思う反面、あまりに具体的で面白みがないから見ないでほしいとも思っている。
私にはこの曲が、「まだ結婚相手を愛しているけれど、もう昔のように相手と心を通わせることができなくなった切なさ」を歌っているように感じた。
「行ったままで決して帰れない
僕らそう一方通行だったんです
やり直したくても
留まっていたくても
往々覆水盆に返らず」
ふたりの関係が不可逆的に変わっていく、冷めていくのを止められないことを嘆いている。
「先生善意はいつか汲み合えるって
ねえ額面通り本当ですか
この世でたったひとりに誓う節操さえ
ほぼ蔑ろみたいでした」
善意を汲み合いたい、お互いに相手の気持ちに寄り添いたいと思っているのは自分だけで、独りよがりな努力じゃないかという不安、疑念。結婚という、愛し合う二人の誓いも今ではあってないようなものに成り果ててしまった。
「愛し合う術を
かつて知っていた僕ら現に
黙していたんですか
言葉を生むたびに
眠らせた勘はちょっと
覚醒させたいですが」
昔は実際に言葉を交わさずとも思い合えていたのだろうか、今では相手の気持ちに鈍くなって言葉で意思疎通をしようとするようになってしまった。そう思うと自分も昔に比べたら変わってしまったことを認めている。
「先生もっと前に説いて欲しかったです
突然今更遅いでしょう
尽くした結果
報われる言い伝えはファンタジー
典型的台本と」
愛し合うなけなしの絆を保とうとする努力は報われて、また前のふたりに戻れると信じていた。しかしそんなハッピーエンドは作り話の中だけで実際は無慈悲に関係が冷めていくだけだった。
「ええ
知らなかったです
僕はただあの人の分
半分取って置いた あらゆる
よさげなすべてなけなしの若さも
残して置きたくて」
自分はただ変わりたくなかったから、なけなしの若さ=愛し合っていた頃の相手の面影が崩れていくのを止めようと足掻いた。
「信じていました真っ直ぐにきっと
受け取ってもらえるはずと
自分自身を
肯う姿勢でどうにかまだ
保っていただけでしょう」
関係を保ちたいという思い、努力を相手も受け止めてくれるはずだと信じ込むことだけで寂しさをこらえていたことを直視する。
「先生 もうこれ以上は沢山ですいっそ
何もかもを抱き締めたい
手放せないんです
汚させるもんか本心は
ずっと大好きでした」
もうこれ以上は耐えられない。胸が張り裂けそうな切ない気持ちが溢れて、いっそ自分がすべてを包み込みたい。自分を抱き締めてくれる主体の不在を自分で補いたい。相手を愛していた自分の純情は手放したくない。相手を憎んだり、疑ったりする邪心が入り込む前に綺麗なまま仕舞うことにする。さらば純情。
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