冥土クレジットカード(short short)
夜明け前。
薄暗い古く狭苦しいアパートの布団の中で、中年男性が静かに一人、息を引き取った。
そこへやってきた死神か天使か判断は難しいが、黒ずくめの若い男が、中年男性に淡々と説明を始めた。
「先月から、死後49日間、限度金額なしのクレジットカードが給付させるようになりました。カードが使えるお店でしたら自由に使えます。」
そう言い、中年男性に金色のカードを渡した。
「この世の人間にあなたの姿は見えているので安心して買い物をしてください。
ただし、あなたを知る人間には、あなたの姿は決して見えません。」
中年男性は、ここでやっと自分が死んだんだと言うことが理解できた。
「では、49日間、思う存分贅沢三昧を楽しんでください。」
そして男の姿は見えなくなった。
これは、死の格差をなくし、平等な死を迎えてもらおうと、冥土で閣議決定された新しい政策だ。
ここ数年、人間の死の格差が広がりを見せていた。
冥土ではこれを深刻な社会問題として取り上げ、決定を下した。
中年男性は、早速クレジットカードを持って、まずは行きつけのコンビニへ行った。
いつものパンとおにぎりをレジに持っていくと、店員の反応がない。
「そうか、自分を知る人には、私の姿は見えないんだっけ。」
中年男性は、まだ行ったことのないコンビニへ行った。
試しにおにぎりを買ってみた。買えた。
こうしてカゴいっぱいに、弁当やお菓子やジュースをいっぱい入れ、金のクレジットカードで購入した。
久々に味わう快感、中年男性は恍惚な表情を浮かべた。
と、すぐ後ろに並んでいた二十歳くらいの娘が、中年男性を覗き込んだ。
髪の色はピンク、服装もめまいがするほど個性的で、ブランドものの大きな紙袋をたくさん抱えていた。
娘は、中年男性と同じクレジットカードで、レッドブルを買った。
中年男性が店先でジューズを飲んでいると、さっきの娘が話しかけてきた。
「おじさんは何日め?私は7日め」娘は言った。
「ついさっき、ほんの数時間前だよ」中年男性は答えた。
「ふーん。ねえ、おじさん。暇?ちょっと付き合ってくれない?」
こうして中年男性は荷物持ちを頼まれ、ショッピングへ出かけた。
彼女はハンナと名乗った。
二人は、電車に乗って、日曜日の渋谷へ出た。
ハンナは、洋服や鞄、コスメをどんどん迷わずに金のクレジットカードで買っていった。
あっという間に、中年男性の両手は、買い物袋でいっぱいになった。
二人は、混雑するタピオカカフェでタピオカドリンクを飲んで休憩した。
「おじさんは、どうやって死んだのか覚えてる?」ハンナは聞いた。
中年男性はしばらく考えうなずいた。
「私は、どうやって死んだのか、あんまり思いだせないんだよね。きっと、ショッピングが楽しすぎるせいね。」
中年男性は、そう言うものかと、理解するようにした。
「でもこれもこれも、全部あっちに持っていくことはできないのよね。」そう言って、ハンナはタピオカドリンクを飲み干した。
「ねえ、今度はおじさんの行きたいところに付き合うわ。何を買いに行く?」
中年男性は悩んだ。正直、浮かばない。ショッピングには縁がない。
と、都会の真ん中にある高層ホテルが視界に入った。
うっすらと暗くなった空に、最上階バーラウンジの明かりが綺麗に点っていた。
ハンナは、中年男性がそこを見ているのに気がつき、
「行きましょう」と中年男性に言った。
生まれて初めてのホテルのバーラウンジに、中年男性はドキドキしていた。
そこで一人の女性が、金のクレジットカードで支払いをしていた。
ハンナは女性に声を掛け、3人はカクテルで乾杯をした。
女性はみどりと言った。
みどりさんはハンナのたくさんの袋を見て、
「随分、買ったのね」と笑った。
すでにアルコールの入っているみどりさんは、良くしゃべった。
「そもそも、だんだん、欲しいものがなくなるのよ。なんて言うのかな、欲がなくなる感じ。」
「ショッピングの楽しみがなくなるのは嫌だな」ハンナは言った。
「でもそれがふんわりして心地いいのよ。今みたいに。」
中年男性は、ふと、みどりさんの足下を見た。
心なしか、半分透けているように見えた。
でも、それは、みどりさんには言わず、ただ、しゃべり続けるみどりさんの話に耳を傾けることにした。
The end.