噂の種(ショートショート)

「はっ、はっ、はっくしょん!」
 くしゃみが出る前に、反射的に手で口を押さえた。押さえた手には感触がある。多分、鼻水ではない。
 そっと手を広げると、そこには種があった。まただ。
 僕は窓を開けると、庭に向かって種を投げ捨てた。
 何もなく殺風景だった庭には、今ではたくさんの花が咲いている。

 父さんが病死すると、後を追うように母さんも死んだ。親戚も親しい友人もいないから、僕は一人ぼっち。
 僕は人付き合いが苦手。そのせいで、子どもの頃はよくいじめられた。大人になってからも周りと馴染めず、転職を繰り返した。
 僕はどこに行っても浮いた存在だったから、よく噂される。
『あいつ、なんか変』
『友達いないんじゃない?』
『性格悪そう』
 べつに声が聞こえているわけじゃないけど、なんとなくわかる。くしゃみが多いからだ。
 最初は人よりくしゃみが多いくらいに思っていたけど、だんだんとひどくなり始めると、風邪じゃないかと医者に診てもらった。けど、医者いわく、風邪ではないらしい。体温は平熱で、喉が腫れているわけでもない。くしゃみは出るけど、鼻詰まりはなく、鼻水が出るわけでもない。まったく風邪症状がないのだ。
結局、原因がわからないから、薬も出されず帰された。
「はっくしょん! はっくしょん!」
 止まらないくしゃみ。風邪じゃないのに、なんでこんなにくしゃみが出るのだろう。
そういえば、おばあちゃんが言っていた。誰かが噂していると、くしゃみをするって。
「はっくしょん! はぁぁぁぁっくしょん!」
 いつしか僕は、くしゃみの原因は噂だと思うようになった。
「はっ、はっ、はっ、はっくしょん!」
 いつものようにくしゃみをすると、口から何かが飛び出てきて、コツンと床に落ちた。
 なんだろう? 不思議に思い拾い上げると、それは種だった。
「うげっ、なんで鼻から種が出るんだ? 気持ち悪りぃ」
 僕は窓を開けると、庭に向かって種を投げ捨てた。
 種は数日で花になった。花には詳しくないけど、その辺で咲いている花ではないことはたしかだ。花びらは大きくて、気色悪い色をしている。それに変な臭いがする。その臭いは鼻を刺激して、くしゃみを誘発する。
「はっくしょん! はぁぁぁぁっくしょん!」
 くしゃみをするたびに種が出て、そのたびに僕は庭に投げ捨てた。庭はあっという間に花で埋め尽くされて、近所で噂になった。
『あら、なんて悪趣味なお花なのかしら』
『それに変な臭いねぇ。近所迷惑よ』
『ここの家の人、変な人だとは思っていたけど、急にお花を植えるだなんて。ますます変だし、気味が悪いわ』
 人目が気になり、僕は引きこもるようになった。
「はっ、はっ、はっくしょん! はぁぁぁぁっくしょーん!」
 くしゃみが止まらない。もちろん種も止まらない。
『ここの家の人、しばらく見てないけど大丈夫なのか?』
『町内の集まりにも来ないし、けしからん』
『もしかして、中で死んでいるんじゃないのか? 役所に連絡したほうがいいんじゃないのか?』
 だめだ、またくしゃみが。
「はっ、はっ、はっ、はぁぁぁぁ……」
 ん? 今、鼻の下あたりに力を入れたら、くしゃみが止まった。
 これはいいぞ! 原理はよくわからないけど、花が枯れるまでしばらく引きこもって、くしゃみを止めよう。

 あれからどれくらい経っただろうか。僕は動けなくなっていた。
 口、耳、指先、毛穴、身体中の穴という穴から茎が伸びている。小さい葉っぱと、その先には花が咲いている。多分、くしゃみで出るはずだった種が、僕の身体の中で成長したみたいだ。花からくしゃみを誘発させる変な臭いがするはずなのに、何も感じない。
 なるほど。僕は植物になったのか。

 よかった。これでやっと噂されなくなる。


※この作品は落選作品です。
最近子どものがウルトラマンにハマっています。
ごっこ遊びをすると、いつも怪獣をやらされます。段々リアルな演技ができるようになってきましたww

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