サクラサク(ショートショート)

三月下旬、桜が咲いた。
花びらの中には人がいる。
彼ら、あるいは彼女らは、目を瞑り、体育座りをして、そのときが来るのを待っている。

黒い法被を着た男がやってきた。
「女のサクラを一体もらおうか」
「はいよぉ! 今用意しますんで、少々お待ち!」
商人は意気揚々と花びらに手を入れ、慣れた手つきで私を取り出した。
眠りから覚めた私は、太陽の光を浴び、身体が大きくなる。そして、成人女性の身長くらいになると、成長は止まった。
「おいおい、裸じゃねぇか」
「すいませんねぇ、なんせ採れたて新鮮なサクラですから」
私は服を着ていない。でも、恥ずかしいとは思わなかった。
「とりあえず、今から連れて帰るから、後日振り込んどくよ」
「はいよぉ旦那! またよろしく!」
男は私を紐で縛り、車に乗せた。

サクラ——。
私達はそう呼ばれている。
なぜ『桜』ではなく、『サクラ』と書くのかはわからない。おそらく、盛大に盛り上げることしか取り柄がないからだろう。
私達サクラは、近年稀に見る不況を解消させる道具として開発された。どうゆう原理かわからないけど、桜に人間の細胞を組み込むと、花からサクラが生まれるのだ。
サクラは売り上げが乏しい店や、集客見込みのないイベントを盛り上げて、人を集めるのに使われる。
私達サクラは、人間でも、植物でもない……サクラなのだ。

男は和菓子屋の店主だった。
なんでも、近くに洋菓子屋ができて、客足が遠のいてしまったとのこと。つまり、サクラを使って客を取り戻そうという魂胆だ。
私は『ウララ』と名付けられた。
「いいかいウララ、スイーツ好きな女の子みたいに、はしゃぐような感じでアピールするんだよ? わかったらさっさと仕事しな!」
女将に今風の服を着せられると、私はサクラを演じる。
「まぁすごい! おいしそう! ステキ!」
思いつく限りの褒め言葉を並べると、店主と女将は満足そうに微笑んだ。
でも、肝心の客は入らなかった。
閉店時間までサクラを演じると、女将に手を引かれ、店の奥に連れてかれた。そこには少し大きなタライがあって、中には水が入っている。女将に服を脱がされると、無理矢理中に入れられた。なんでも、植物に水をあげるのと同じ原理で、水に浸けるとサクラは長持ちするらしい。
「ウララ、今日はもう寝なさい」
そう言うと女将は、電気を消して部屋から出て行った。

朝起きると、タライの水はキレイな桜色になっていた。
——ステキ、キレイ。
そんなことを思っていると、私の身体の一部が変色して、黒っぽくなっているのがわかった。
サクラの寿命は十日から十四日。ちょうど桜が咲いて、散るまでの期間。
今日も店頭でサクラを演じてみたものの、客は入らなかった。
「やっぱり和菓子なんて流行んないんだろうねぇ」
「そんなはずはない、俺の和菓子は世界一だ! 食べてもらえばきっとわかる!」
「でも肝心のお客さんが来ないんじゃねぇ」
「そうだ! サクラを増やせばいいじゃないか!」
「おっと! それはいいアイディアだねぇ! さっそく手配しましょう!」
店主の一言に女将は賛同し、新しいサクラを買うことになった。

次の日、新しいサクラがやってきた。男だ。
男は華奢で、背は私と同じくらい。でも、私と違い目がぱっちりしていた。
「いい男だねぇ、サクラにしとくにゃもったいないよ」
「サクラに変な感情を持っちゃいかん。こいつぁ商売道具なんだから」
女将に気に入られたサクラは、『ハルト』と名付けられた。なんでも、子宝に恵まれなかった店主と女将が、男の子が産まれたときにつけようとした名前だそうだ。
「これおいしそうだなぁ、あっちもおいしそうだしなぁ、迷っちゃうなぁ」
ハルトはサクラを演じると、褒め言葉を並べる。
すると店主が、
「せっかく美男美女が揃っているんだ、なんかこう手を繋いで、カップルみたいな感じでやってみるのはどうだろう?」
と言うと、
「それはいいわねぇ! ハルト、ウララ、やってみな!」
と、女将が乗ってきた。
仕方なく手を繋ぐと、ハルトの手は冷たかった。サクラなのだから、体温はあってないようなものだけど、女として意識されてないって思うと、寂しさを覚えた。
すると、ハルトは私の顔を見つめ、
「ウララさん、キレイですね」
と言うと、笑顔を見せた。
なぜだか恥ずかしくなり、このときばかりは少しだけ手が熱くなった気がした。
若いカップルが和菓子屋にいるのが珍しかったのだろうか、物珍しさに店に入る客がいた。
この日はまずまずの盛況で、どうやらカップル作戦は成功したようだ。
閉店すると、いつものようにタライの中に入れられた。
隣にハルトがいる。ハルトの頬は桜色をしていた。私の裸を見て、照れているのだろうか。私もハルトの裸を見て、頬を桜色にした。
お互い何も言わないで、気まずい時間が流れる。
と、そのとき、ハルトは唐突に
「ウララさん、キレイですね」
と言うと、頬を真っ赤にした。
「それ、さっきも言ったわよね。ハルトは同じことしか言えないの?」
少し意地悪と思いつつも、そう返した。サクラ同士馴れ合う意味はないと思ったからだ。
「そんな、やめてください! 僕は本当のことしか言いません!」
恥ずかしがりながらも、必死に訴えるハルト。その姿を見て、健気でかわいいな、と思った。
すると、胸の中が春の大地のように、温かくなるのがわかった。
——なんだろうこの気持ち……。
「そう、じゃあ素直に受け止めるわ。ありがとう」
少し素気ない返しになってしまったけど、心から感謝している。だって、何かを盛り上げたり、引き立てたり、褒めるために生まれてきた私が、初めて認められたみたいで、嬉しかったから……。
「おやすみなさい」
今日は気持ちよく眠れそうだ。

朝起きると、いつものようにタライの水は桜色になっていた。そして、身体の黒い部分はどんどん増えてきた。ハルトはこの店に来て間もないのに、私以上に黒い部分が多かった。男のサクラは寿命が短いのだ。
「さぁ、今日も頑張りな!」
女将に促されると、私とハルトはサクラを演じる。
「ハルト、これおいしそうだよ」
「ほんとだ! ウララ、一緒に食べよ」
私達はまるで本当のカップルみたいだ。ハルトといると、サクラでいることを忘れさせてくれる。
——こんな毎日が続けばいいな。
そう思った矢先、店の前にゴミ収集車が停まった。
「この時期は枯れたサクラが多くて困ったもんだ。サクラなんて散ったらただの重たいゴミなのに、なんでみんな重宝するのかねぇ」
業者がぶつくさ言いながら、ゴミ置き場に捨てられたサクラを回収する。サクラは黒ずんで、見る影もなかった。
——私もいつかこうして捨てられるんだ……。
現実を目の当たりにし、気落ちしていると、それに気づいたハルトが手を強く握った。
「ずっと一緒だよ」
ハルトは照れ臭そうにそう言うと、私は小さな声で「ありがとう」と言った。そして最後に「大好きだよ」と付け加えた。

あれから二週間経った。
身体の黒い部分は侵食し、私とハルトは枯れた花びらのように、身体がしなびてタライの中で動けなくなっていた。
「そろそろ寿命だねぇ」
ため息混じりに女将がそう言った。
「売れ行きもいいし、元は取れたんじゃないか?」
店は客足が好調で、店主はご機嫌だ。
——私もついに捨てられるんだ……でもハルトと一緒なら……。
頭の中で、ハルトとの楽しい日々が流れる。
と、そのときだった。ハルトが最後の力を振り絞り、立ち上がった。
「よかったら僕達を使って、桜餅を作ってもらえないでしょうか?」
何を言っているのかわからず、店主と女将はキョトンとした。
「僕達サクラは、もともとは桜です! 身体からキレイな桜色の液を出すことができます! サクラの液を練り込んだ桜餅は、この世の物とは思えないほど美味と聞いています! 今までお世話になった店主さんと女将さんに、感謝の意味を込めて、僕達を食べてもらいたいんです!」
声を張り上げ、必死に訴えるハルト。何も喋れない私は、見守るしかなかった。
——ハルト、どういうつもり? サクラを練り込んだ桜餅がおいしいだなんて、聞いたことない。それに、人間がサクラを食べるだなんて……絶対ありえない!
でも、私の思いとは裏腹に、女将はヨダレを垂らし、目を輝かせている。
「いいわねぇ、ハルトがそう言っているんだ、ねぇあんた、桜餅作ってみようじゃないの!」
「なるほど、内心サクラを捨てるのはもったいないって思っていたからな! では最後に、一花咲かせてもらおうか!」
私とハルトは、タライごと厨房へ運ばれた。
そのときかすかに、ハルトの声が聞こえた。
「ずっと一緒だよ」
身体を絞られ、桜色の液が出てくる。
そして、身体から何も出なくなると、私の意識は途絶えた———。

数ヶ月後、女将は妊娠した。めでたいことに、双子だった。
エコー写真に写った双子は、臍の緒に繋がり、二人仲良く並んでいる。
まるで、サクランボみたいに——。

*    *  *

『サクラの体液を取り込むと、子どもができる——』という論文が発表されると、不妊に悩む夫婦の間で話題になった。
サクラは少子化対策に買われ、生産スピードを上げた。しかし、需要が上がったせいで、サクラを求める客が増え、生産が追いつかない。研究者達は品種改良を重ねる。
その結果、今では一年中桜が咲くようになり、サクラは季節関係なく採れるようになった。
しかし、ひとつ気掛かりなデータがある。
『サクラを取り込んで妊娠した場合、必ず双子が産まれる——』

ふと、目が覚めた。
いや、実際に目が開いたわけではなく、頭の中が起動したと言った方が正しい。だから目の前は真っ暗闇だった。
遠くの方から声が聞こえる。
『あんた! 今動いたよ!』
『ほんとだ! おーい! おーい!』
聞き覚えのある声だけど、思い出せない。それに、私はどうしてここにいるのか、はたまた私は何者なのかさえわからない。
でも、私の隣にもう一人誰かがいることはわかっている。見えないけど、不思議と怖くない。むしろ心地良い。
何も喋らないけど、心で伝わるんだ。
——ずっと一緒だよ。

※この作品は第19回坊っちゃん文学賞に落選した作品です。
春が近づいてきたので投稿しました。

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