バスフィッシング(ショートショート)

 俺の趣味はバスフィッシング。
 今日は、友人に教えてもらった穴場の池に来ている。なんでも、大きなブラックバスが釣れるらしい。
期待を胸に池にルアーを投げると、すぐにヒットした。手応えあり、こいつは大物だ。数分の格闘の末、大きなブラックバスが釣れた。俺は上機嫌でスマホを出すと、写真に収めてSNSにアップした。
 昼過ぎまでバスフィッシングを楽しんだ俺は、車に乗り家路に着くことにした。
 帰り道、バスが前をとろとろ走っている。普段の俺だったらキレているが、今日は機嫌が良いから気にならない。道が狭くて追い越せないから、バス停にバスが停まると俺も車を停める。ここぞとばかりにスマホでSNSを開くと、羨ましがる仲間のコメントでいっぱいだった。にやにやしながらコメントを読んでいると、バスが走り出した。俺は急いでスマホをしまいアクセルを踏んだ、そのときだった。
 前のバスが宙に浮いた。驚いた俺は、車を停めて外に出た。すると、山の上に毛むくじゃらの巨人がいた。巨人は大きな木に糸をくくりつけた釣竿のようなものを持っている。糸の先にはフックがついていて、バスが引っかかっていた。
 巨人は俺の存在に気づくと話しかけてきた。
「あっ、どうも。いい天気ですね」
 巨人は体型に見合わず丁寧な口調だった。でも、舐められると食われちまうと思った俺は、あえて強気に返した。
「おい、何してんだ!」
「えっ、見てわからないですか? バスフィッシングですよ。私の趣味なんです」
「おいおい、バスフィッシングのバスは車のバスじゃなくて、ブラックバスっていう魚のことだぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだよ。それよりどうすんだよこのバス。運転手と乗客が怖がってんぞ」
「もちろんリリースします。キャッチアンドリリースは基本ですから」
「キャッチアンドリリースって……まあいい、とにかく、早く下ろしてやれよ」
 巨人はバスを下ろすと「すいません」と一言。バスは逃げるように走り去った。
「俺が本当のバスフィッシングを教えてやるから、今から池に行くぞ」
 俺は巨人を誘って、さっきの池に戻った。
 巨人に釣り道具を一式貸すと、二人並んで釣りを始めた。すると、巨人の竿がヒットした。巨人はリールを巻かずに力任せに竿を上げると、大きなブラックバスが釣れた。
「おお、釣れましたよ! なんかこう、グッとくる瞬間がたまりませんね! これが本当のバスフィッシングですか、楽しいですね」
 巨人は興奮気味に話した。その様子を見て、俺もなんだか嬉しくなった。
「めちゃくちゃ楽しいだろ? それにしてもでかいの釣ったな」
 俺はスマホを出すと、巨人の釣り上げたブラックバスを写真に収めた。その様子を見ていた巨人は興味津々。
「これは何をしているんですか?」
「スマホで写真を撮っているんだ。ほら、写真に収めておけば記念になるだろ?」
「なるほど。私はスマホというものを持ってないので、記念に残せないのが残念です」
「それなら良い方法がある! ちょっと待ってろ」
 俺は車に戻り墨と和紙を持って来ると、巨人の釣ったブラックバスの魚拓を取った。
「ほら、これなら記念に残るだろ?」
「おお、素晴らしい……これは芸術だ! 本当にありがとうございます!」
 巨人が大事そうに魚拓を手に取ったのを見て俺は、これを機に車の方のバスフィッシングはやめてくれよな、と思った。
 その後、夕方までバスフィッシングを楽しんだ俺と巨人は解散した。

 数日後、同じ池に車を走らせると、前のバスが宙に浮いた。まさかと思い車を停めて外に出ると、やっぱり巨人がいた。
「あっ、この前はどうも」
 巨人はバスを片手に、丁寧に頭を下げた。
「なんでまたバス釣ってんだよ! バスフィッシング楽しかったんじゃないのか!」
「たしかに楽しかったですが、私が一番興味を持ったのはこれです」
 そう言うと巨人は、大量の墨をバスに塗ると、巨大な和紙に押しつけた。そしてバスを離すと、和紙を広げて俺に見せた。
「どうです? 素晴らしいでしょう? これぞまさしくブラックバスです。バス拓を取るの、私の趣味になりました」
 満面の笑みでそう話す巨人の周りには、数え切れないほどのバス拓が散乱していた。


※この作品は落選作品です。
ちなみに今日、公募ガイドの「第24回小説でもどうぞ」の結果発表があり、選外佳作に入りました。興味がありましたら読んでみて下さい。

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