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『Holycow/わたしたちは一度しかない』アフタートーク|ゲスト:倉田翠
2024年11月2日(土)〜4日(月・祝)の期間に、京都芸術センターフリースペースで上演した『Holy cow/わたしたちは一度しかない』。11月2日(土)19:30回の終演後に実施した、倉田翠さんとのアフタートークの様子をお届けします。
登壇者
倉田翠
1987年三重県生まれ。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像・舞台芸術学科卒業。3歳よりクラシックバレエ、モダンバレエを始める。京都を拠点に、演出家・振付家・ダンサーとして活動。作品ごとに自身や他者と向かい合い、そこに生じる事象を舞台構造を使ってフィクションとして立ち上がらせることで「ダンス」の可能性を探求している。2016年より、倉田翠とテクニカルスタッフのみの団体、akakilike(アカキライク)の主宰を務め、アクターとスタッフが対等な立ち位置で作品に関わる事を目指し活動している。
令和5年度京都市芸術新人賞。第18回日本ダンスフォーラム賞。セゾン文化財団セゾン・フェローⅠ。
2024年4月より、まつもと市民芸術館芸術監督(舞踊部門)。
近年の主な作品に、幾度も再演を行いakakilike初期の代表作とも言える2016年初演『家族写真』/2017年初演『捌く』、2018年初演、京都市東九条地域の住人と共に制作した『はじめましてこんにちは、今私は誰ですか?』、薬物依存症リハビリ施設京都ダルクのメンバーと共に制作した、2019年初演『眠るのがもったいないくらいに楽しいことをたくさん持って、夏の海がキラキラ輝くように、緑の庭に光あふれるように、永遠に続く気が狂いそうな晴天のように』など。個人の作品としては、日本のGDP25%を占めるとも言う東京の大手町・丸の内・有楽町エリアで働くワーカーと制作した『今ここから、あなたのことが見える/見えない』(2022/主催:大丸有SDGsACT5実行委員会、一般社団法人ベンチ)、倉田翠×飴屋法水『三重県新宿区東九条ユーチューブ温泉口駅徒歩5分』(2021/製作:国際交流基金(JF)、企画・制作:株式会社precog)などがある。2023年には、『家族写真』でクンステン・フェスティバル・デザール(ブリュッセル)とフェスティバル・ドートンヌ(パリ)に招聘され、初の海外ツアーを果たす。
今野裕一郎
1981年生まれ。演劇作家、映画監督、バストリオ主宰。
横浜国立大学中退後、京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科卒業。在学中に映画監督の佐藤真に師事し、淡路島で二年間撮影したドキュメンタリー映画『水の大師の姉弟』が卒業制作。上京後は演出家・劇作家の宮沢章夫が主宰する遊園地再生事業団に参加し『ニュータウン入口』『ジャパニーズ・スリーピング』『トータル・リビング』で出演・映像担当。2011年に友人の出産を記録したドキュメンタリー映画『3人、』を制作、2013年にシティボーイズライブで演出助手を務めた。2014年に映画『Hello,supernova』が池袋シネマロサで劇場公開、ドイツ・フランクフルトで開催されたNippon Connectionに正式招待。2019年に映画『グッドバイ』がポレポレ東中野で公開、その際に過去作がオールナイト特集上映された。2021年に映画『UTURU』が東京ドキュメンタリー映画祭に選出。バストリオというユニットを主宰し、演劇・ライブパフォーマンス・インスタレーション作品を日本各地で次々発表。映像・演劇を用いた教育活動、北海道・知床で葦の芸術原野祭の実行委員を務めるなどボーダーレスな活動を行なっている。
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今野:よろしくお願いします。
倉田:よろしくお願いします。
今野:今日はありがとうございました。マイクなしでもいいですか。
倉田:マイクあるとマイク越しの喋りになるので、マイクなしの方がすごい生っぽいなと思うのでこうやって喋れるほうがいいのかなと思うんですが、(客席の)ワイドがあるんで聞き取りづらいかもしれないんですけど、お客さん聞こえますか。
橋本:近くで聞いてもらっても全然いいので。
倉田:全然(トークの)打ち合わせとかもしてなくて、私は一度去年アゴラで拝見させていただいてるんですが、
今野:そうですね、
倉田:あと大学の先輩でもあるんですが、
今野:大学の後輩なんですよね(笑)
倉田:上演を見てて、同じ大学を出ているから多分わかることとかっていうのがあって。あ、泣きそうになっちゃった(すこし涙ぐむ)
まず、(今野さんは)大変な人ですよね。というか、こういうこと(今野に直接触れる動き)と、こういうこと(マイムの動き)と、ハード面でめっちゃカバーしているというか。だからすごい難しい人やなと思ってて。
今野:(笑)
倉田:外側から見ていてですけど、どのトーンでいくとちゃんと話せるのかなっていうのがすごい難しい人だなって思って。
ちなみにバストリオを見たことあるよっていう人?
(客席で手を挙げる)
倉田:すごい、結構いる。はじめての人もいらっしゃるので、いい感じで話せたらと思います。
ちょっと最初に感想言ってから、質問してみたいなスタイルでいけたら。お客さんにもぜひね(質問出してもらえたら)と思ってるんですけど。
なんかすごい、喋るでしょ?(笑)
(一同笑い)
倉田:最初に、関係性というか、私はバストリオを去年も観てて今回も拝見させていただいていて。去年観る前にですね、私はもう10年ぐらい前になるんですけど、京都のアーティストの村川拓也さんという方の作品に出演していた時期がありまして、その時に(村川さんから)『倉田、バストリオって知ってるか。』みたいな、『知らないです』って言って、『多分倉田好きやで』っていうのを言われて、名前だけは実はもうすごく昔から知っていまして。
私は演出家で、あとダンスの人で。自分もダンサーで出演しながらつくる人なんですけど、当時なかなか見る機会がなくてですね。昨年、まさにお二人(今野・橋本)が卒業した大学、京都造形芸術大学の先生だった山田せつ子さんから連絡をいただいてですね、何回かせつ子さんが(バストリオを)見ていらして、バストリオ、ちょっとおもろい、でもちょっとうまく言葉にできひん、せつ子さんなりに思うことがあるんやけど、この感覚が合ってるのか。現代の人の視点で見てほしい。翠ちゃん見てどう思うかちょっと話したいって言われて、それで確か伺いました。
私は佐藤真先生の授業も実は受けていまして。でもすぐ亡くなっちゃった年だったこともあってそこまで面識というか、深い関わりはなかったんですが、私の父が友人だったってこともあって、佐藤さんのことはとてもよく聞いたり、学校で見かけたり、ちょっと授業受けたりっていうことがあったんです。(当時は)映像舞台っていってね、舞台と映像がくっついていて。大学で学んだことっていうのが何年か経って、その後、俗に言う演劇とかダンスっていうことを、ある意味ストレートには信じれないというか、そういう状態になると思うんですよ。それで、この人(今野さん)はこの俳優さんたちのドキュメンタリーを、舞台で、演劇でやってるんやなっていうのを、今回すごい感じまして。なんかこの泣きそうなのは、自分のことに繋がっちゃうからなんですけど。料理してる彼とか、音楽の人とか、みんな去年見た印象と一緒で。あの人あんな感じやったなっていうのが一緒っていうのが、また同じことやってるってことではなくて、人なんてそんなに変わらないんで、この人たちを使う時に、使うっていう言い方敢えてしますけど、使う時に、作品のために変えることなんてできひんよなっていうか、そういうことをすごく感じて。私は、作品にするというところで、とても割り切っている、要するに搾取するということだと思うんですけど、人を使うことの暴力性みたいなことなんですけど。
佐藤さんが撮った『阿賀に生きる』っていうドキュメンタリー映画があるんですよ。簡単に言うと、撮影隊が田舎に行くんですよね。それで、お手伝いとか一生懸命するんです、1年ぐらい畑仕事とか手伝ったりして。その時に八角さん*が授業で、佐藤さんは『その町に介入するっていうことはいい部分もあるけど、この人たちはいなくなるので、とてもお年寄りたちがその後困った』と言っていたと教えてくれて。その話はよく覚えています。それは今自分がやってることとすごく通ずる部分で、例えばダルクっていう薬物依存症リハビリ施設の人たちのところに行ったりですとか、いろんな人のところに行ってるんですけど、この作品中にも出てきた「最後まで付き合い続ける覚悟があるか」っていうこと。いろんな人たちが未だにずっと繋がっていて、どんどん増えてくんですよ、ダルク、大企業に務めるワーカー、今は刑務所ですよね。私は、彼ら(受刑者)には、例えばあなた方を更生させようとか、正しく生きていって欲しいとかは思っていません、私はそんなことはできませんと、ただおもろいから一緒にやりたいだけだっていうことをはっきり言うようにしていて。というのは、やっぱりそこが怖いから、一旦逃げとくっていうか、じゃないと保たなくて。でも多分、バストリオがやられていることは、彼らが俳優だからこそ成立する、とても優しいから搾取とは思わないですけど、そういうことなんだなっていう風に思って。
ちょっとここまでで一旦疲れた(笑)、もうちょっとうまく言えるんですけど、長くなっちゃう。
*京都造形芸術大学時代の先生。Holy cow/わたしたちは一度しかない』11月4日(月・祝)のアフタートークゲストとして登壇。
今野:でもわかると思います、伝わりました。
倉田:え。全然喋らないじゃないですか(笑)。
あ、もうちょっと言うと、今ざっくり言ったことが、2度目を拝見して結構うわって思うとこというか、納得した部分で、あともう1つはすごい音楽的に作られてると思っていまして、作曲みたいな感じ。私もすごい音楽大事にしてるんですけど、私自身も、光も人が動くのも美術も全部音みたいに捉えていて。
今野:うんうん、一緒一緒(笑)。
倉田:一緒ですよね。だから、すごい作り方がよくわかるっていうか、パンパンパン、そっちでブーンみたいなことが、音も人も明かりも物も対等みたいな。その中で、人だけは中に振動があるんで。
水の使い方、最初にバシャンバシャンってしてくるやつ、あれ怖くないですか?最初のシーンで、ここ(中央に置かれた水が溜められたアクリルボックス)でバシャンバシャンってみんなが来て、ここで1人俳優さんが俗に言う演劇のルールのお芝居したの、覚えてますか?
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今野:うん、マイムみたいな
倉田:これ(中央のアクリルボックスに水を注ぐ行為)がなされることによって、これ(マイム)が一気に信用できなくなる。要するに、(マイムの)ペラッとさみたいなことがガーンっとここでまず一旦提示されるというか
今野:全部解説してくれてる(笑)
(一同笑い)
倉田:それがそのあとすごい巧みに使われてるというか、演劇をやっているんだけれども、同時にそれを「へっ」て思ってるというか。
今野:(笑)
倉田:鼻血というかね、わかるんですよ。私も口から血出したりしてるんですけど、偽物のね。でも偽物やなと思って、どうなったら本当なんかな、要するにドキュメンタリーというか、本当なのかって思った時に、私は献血趣味なんで、血抜いたんですよ。血を抜いて踊るみたいにして。京都でウケたんで、東京でやったんですよ。めっちゃドン引き。
今野:そらそうやろ(笑)
倉田:京都は爆笑やった(笑)
今野:なんで京都はウケたんやろ(笑)
倉田:(客席の中にも)見てくれた人いるかなと思うんですけど、よっしゃいけたなと思って。東京でやったらめっちゃさーってお客さんが引いてって。本物の血が出ることに意味がないんやと思ったんです、舞台上で。
今野:あー、そっかそっか、そういうことか
倉田:それでその間(偽物の血を出すのと、本当に血を抜くの間)を、私は鼻血やなって思ってるんですよ。
今野:うんうん、鼻血ね(笑)
倉田:鼻血ってわざとやってないじゃないですか。
今野:うんうん、出てまうから、
倉田:そう、出てまうから、それができたら最高やなと思ってるんですけど、
今野:いや、わかるけど(笑)
倉田:けど、それを狙い続けてるっていうか。
今野:そうそう
倉田:フィクションと作為。例えばこう、わざとこういう(服を脱ぎ捨てる)荒く動いたりモノを扱うっていうのも、やりすぎると作為になっちゃうっていうか、ギリギリみたいなところを狙いたいっていうのはわかるけど。だから、鼻血出たらいいなっていうことじゃないですか。
今野:そうそう、そうなんやけど、その表現でいけんねや(笑)。あーでもめっちゃわかる。
倉田:でも、鼻血ってやっぱそうそう出ないんですよ。で、これ(鼻)をガーンってやってもうた時点でちゃうから、血抜くのと一緒なんですよ。このバランス、でもやっぱり(バストリオは)鼻血狙いやから、すごく狙いに行くんですよね。
今野:キープね。
倉田:うん、でもすごい絶妙にそっちに振り切れへんラインを保ってるのとかが個人的に楽しかったんですけど。決してアクシデントをやりに行ってるわけじゃないっていうのがわかるというか。そっちの方が簡単なんですよ、例えばなんかバーンってこかすとかってやれるじゃないですか。そういうことじゃないっていう、まさにそのドキュメンタリー、本当と嘘の間みたいなのが、見てて、「うん?、うん。」っていう感じでした。
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今野:めっちゃわかるっす、ありがとう。そこ言ってくれる人に見てもらったのめっちゃ嬉しいっすね。
倉田:で、多分私もそこ狙い続けてるというか、でも不可能に近いと思うんですけど。
今野:見に行った時は感じたっすね。1回見に行ったんすけど、
倉田:本当ですか。ありがとうございます。
今野:池袋のやつ見に行ったっす。その時初めて見て。
倉田:「捌く」か、またえらい作品を(笑)
今野:諸江くんが出てて見に行ったんですけどね。(客席にいた諸江さんに)ありがとう。彼も同級生なんです。
いや、京都でやれてほんま嬉しくって。色々考えてここ来たんですけど、2回ぐらい下見に来てて、ここ(京都芸術センター)も同級生とかがやってんのとか、多分見に来たことあったけど、そん時はもうドキュメンタリーしかやってなかったんですよ。さっき映画が一瞬流れてたんですけど、卒業制作のために淡路島にほぼ2年ぐらいずっと通い続けて、空き家に住んだりとかもしてたんで、もう京都に後半おらんくって。たまに帰ってきたら、舞台の学科の友達がなんかやってるからちょっと見に行ってみようか、なんかしっくりけえへんなってなって帰るみたいな感じで、ドキュメンタリーをずっとやってた記憶が、もう京都に来たらとんでもないぐらい蘇ってきて。自分でもちょっとびっくりしたんですけど。今回チラシにも書いてるんですけど、太田省吾さんももちろん会ってて話したりしたこともあったけど、別にその時は舞台に別に興味持ってなかったんで、ほとんどすれ違ってて、でっかい人やなぐらいな感じやったんですけど。
結局、太田さんのこと考えながらすれ違って、ここに来た時に本とかも読んで、京都おる時に太田さんと話したかったけど、そん時俺舞台興味なかったしな、みたいな。でも今はやってるから、太田さんとめっちゃ喋りたいことがあって。聞いてみたいというか、本読んでたら気になる言葉がたくさん書いてるけど、もう今はおらんので、おらんわってなってて。それで、佐藤さんのことも思い出して、佐藤さんも同じ年に亡くなってて、おらんわってなって。
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僕は佐藤真さんって人に会ってからは、ドキュメンタリーを撮ったり、映画を作るために生きていこうと思ってたんですけど。演劇に宮沢章夫さんって人がいたんで関わって、舞台の現場を踏む時に、稽古の時間おもろいなみたいになって見てて。それでいろんな人に出会っていくうちに、そう簡単にドキュメンタリーってカメラ向けれないんで、演劇って人と長くいれる、こんな不合理な、人とおれる手段ってすごいってなったんですよ。宮沢さんとやった時、半年ぐらい一緒に、なんでこんな一緒におんのやろぐらいいて、でもずっと見れてうれしいみたいになっていったんですよね。それで僕も舞台でやってみようと思って、バストリオをやり始めて、ほんま紆余曲折してて、超搾取っていうか、最初の頃もうめちゃくちゃ下手で。どうやって人とやったらいいかほんまわからんくって、カメラがあったらちょっとちゃうかったけど、直やったらまたちゃうなみたいなのがあって。5年ぐらい舞台やった時に、もうこのやり方無理やっていうか、違うと思って、とにかく切り替えてやっていかなきゃいけないっていうタイミングが来た時に、自分はなんでかわからんけど全部をフラットに見ようとしてるところがあって、音とかもそうなんすけど。音やったら1回自分が、おれる場所やっていうか、見れる何かやなってなって、そこの耳と目をとにかく自分の中に置いて、稽古場でとにかくそこにおるっていうことをずっとやれるようになってきてから、徐々に人間とおれるようになるなって感じがあって。
というか、作るっていうことがほんまわからんかったんで、ドキュメンタリーの映画撮ってる時も、作るって何?みたいになりながらカメラ回してて、途中で劇中流れたんですけど、あの時はほんまにまだわかってないっていうか。さっき橋本が言ってたっすけど、一緒に作った時に、、、(涙ぐむ)いや、ごめんなさい、ちょっと思い出すと。ほんまにね京都来ると、下手やった時の自分もめっちゃ思い出すんすよ。なんでこんなに何もわからんでやってたんやろみたいな怖さみたいなものも襲いかかってきてて、でも今はちょっとちゃうというか、今は結構近くにおる人たちがおって、それをやってきた自分をここにまた持ってこようと思って、その人たちとここに旅してきて、こういう作品になったって感じなんですね。
倉田:おそらく京都から離れてたから、また帰ってくるってなった時に、ぶわーって思い起こされるものがあるんですよね。私はずっと京都にいたので、呪いがついてるみたいな。良くも悪くもなかなかやっぱり解放されなかったというか、今となっては良かったと私は思ってますけど、先生たち、太田さんもしかり、佐藤さんもしかり、山田せつ子さんなどなど、本気で教育というものをやられていた。それは佐藤さんがおっしゃったように、撮るなら最後までその人たちに付き合う気でやれと。私も大学時代はもうバキバキの摂食障害で、死にかけやったんで、それでも最後まで付き合ってくれたというか。せつ子さんが、『バキバキ演出をばーってできる翠ちゃんより、病気の翠ちゃんの方を好きやと思ったし、未来にこの弱い翠ちゃんとアーティトスとしての作家性が一体化する時が来るって思ったから止めへんかった』ってことを言ってくれていて。私も昔のこと思い出すと、めっちゃ病気やったんですけど、なんか反発とかもめっちゃあって、
今野:うん、そうそうそうそう
倉田:もうやっぱ、失敗の繰り返しでさ、今ここじゃないですか。それで今、なんか帰ってこれるタイミングが、例えば今ね、きたまりさんっていうちょうど同じ大学の先輩が太田省吾さんの作品やってたりとか。多分、卒業してから10年以上経って、大学で学んだ人たちが、一通りちょっと大人になって、また何か帰ってこれてるというか、わかるってなってるタイミングなんやろうなっていうのはすごく感じた。
私はダンスの人なんだけど、この作品もなんか分かるなっていうか、改めて、すごい時間を過ごしたんだなっていうことは思ったし、すごい勇気のいることだったんじゃないかなっていう風には思いましたし、多分大変やった時期とかめっちゃあると思うんやけど、こうやって一緒にやって来てくれてる、仲間っていうか。今でも結局やっぱ人とどういるかっていうことをやってんじゃないかなと思うから、一緒にいてくれてありがとうございますっていう感じですよね。
私も多分、人とどういれるかというか、人といたいんだと思うんですよ。今ちょうど刑務所に毎月行ってるんですけど、彼らの多くは若くてかつ悪いんですよ。要するに軽犯罪じゃないんですね。26歳までのある程度のことやってる人たちなんだと思うんですけど、可愛くってしゃあないんですよ。8人クラブのメンバーがいるんです。今、闇バイトとかでおばあちゃん殴り倒して殺した奴らが捕まってるじゃないですか、似たようなもんだと思うんですよ。でも私は知らないんで、彼らが何をやったか、社会でいう善悪とか、許せる・許せへんっていう観点で彼らを見てない。この関わり方を利用して、そういう見方しだしたらもう無理じゃないですか。
今野:うん、無理。
倉田:だから可愛いですよ。明後日また会えますけど、もう可愛くてしゃあない。みんな毎月楽しみにしてくれてんの、私も楽しみにしてる。ただ、そういう人たちが何をやって、どういうことで捕まってんのかっていうことは、私は知りません。それは刑務所がやってくださいっていうことですよ。そうやって、私はなんとか人といれるっていう。
今野:いや、そうっすそうっす、ほんまに、
倉田:その方法を探してることが、まさにこう、作品になってて、
今野:ほんまにね、いやいや、すごいっす。もうなんかこのタイミングで、ほんまにここでやるってことにずっと向き合ってたっすね。
倉田:真面目ですよね。真面目ですか?
橋本:真面目、、、
倉田:みんなどういう感じで接してるんですか?今野さんと長い付き合いじゃない。
橋本:結構ねすぐ喧嘩したりするけど、でも、仲良くやってるやんな。
今野:いや、知らんけど(笑)
倉田:なんかすごい、、、大変そう(笑)
橋本:今野くんは大変(笑)。飛行機にも乗るの大変やしな。飛行機乗れへん話は今野くんの話で、
倉田:繊細なんですね。
今野:乗れないんすよね、信用できなくて。
倉田:なんか「目で見たものしか信用できない」みたいなセリフが出てきたじゃないですか。それはめちゃくちゃ共感っていうか、私も近距離まで行かないとやっぱ作品にできないんですよ。触れないと。でもぱっと見、どんどん世界とか社会の流れ的に抑圧は減ってるじゃないですか。だから、みんな抑圧探しの旅に出かけるんですよ、ネットとかの遠くに。それは非常に危険だと思っていて、こうやって触れるあなたっていうことを、1個1個丁寧に置いてる。でも、すごいささやかっていうか。
でもまたあいつ、じゃがいも剥いてよった。
中條:じゃがいもじゃないです(笑)
橋本:バナナちゃうん(笑)
倉田:あ、バナナ(笑)
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倉田:そういう触れに行ける距離の、でもあったかいだけじゃなくて、体感としては結構ヒリヒリするのは、やっぱり他人と生きるということは非常にしんどいです。
今野:うん。
倉田:私の気持ち良いは誰かの気持ち良いじゃなかったりすることがいっぱいあることを引き受けながら一緒にいるみたいなことを、成立しないけど成立させようとしてるみたいなことを感じましたね。
橋本:今回本藤さんが出れなくなって、それが決まったのが結構直前で、ギリギリまで本藤さんとできないかなっていうことをずっと考えてたんですけど、やっぱりちょっと厳しいなってなって。身体が一番やから、とりあえず休んで、また元気になったらやろうっていう約束をして。そっからもう怒涛で。前半までできてたけど、後半これから本藤さんと一緒に稽古で作っていくぞっていうタイミングだったんですけど。それで今野くんが、本藤さんがいないっていうことで作るっていうことを決めて、それで後半作っていって、ようやく1本の作品になったんです。でも本藤さんと一緒に作ってる時間っていうのがあったから、作品の中でもあそこ(舞台上手奥)がちょうど本藤さんがいる予定やった場所で。彼女本当に最高なんで、皆さんにね会ってほしかったけど、またよかったらね、本藤さんを応援してあげてください。
(一同笑い)
今野:作品の中で本藤さんの音も流れてて。吹奏楽やってて、サックス吹きなんですけど、吹奏楽で呼吸みたいなの使って、身体の中を通して出す音みたいの出せる人に会って、作品のやれることじゃないけど、自分の中の世界が広がった感覚がある人なんで、その人おったらまたちゃう作品になってるなと思って。頭とかじゃなくて、その人がおるみたいなんがまずあってやってるんで、ほんまに3日ぐらい思考停止しちゃって、稽古止まったんですけど。こっから、もういないってこと引き受けて作るみたいなことは、もういることとは全然ちゃうことなんで、最後まで間に合ってよかったなって感じやったっすけどね。でもおるなって感じなんすよね、いない人も。なんか、それがずっと続いてるって感じです。
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倉田:なんか、全然悪い意味じゃなくて、宗教みたいな怖さがありますね。
橋本:だってね、大学時代、なんか、今野教って言われてたもんね(笑)
(一同笑い)
倉田:いやいや、宗教なんですよ、ある意味。だってそうじゃないですか、ほとんど。なんかいい人で怖いっていうか。
今野:そうなんや(笑)俺、全然いい人ちゃうし、
倉田:そんなんわかってますよ(笑)
今野:もう絶対地獄に落ちるんで。
橋本:地獄に落ちる(笑)
今野:落ちる落ちる、佐藤さんも言ってた、ドキュメンタリーやってるやつ地獄落ちるって(笑)
倉田:宗教性みたいな、全く悪い意味じゃないですよ。なんかみんないい人で、怖いじゃないですか(笑)だけど、それぐらいの共同体っていうか、みんなの力でやってる作品というのはとてもよく作品から伝わってきました。
今野:ありがとうございます。
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編集:中條玲
記録写真:manami tanaka
アフタートーク記録写真:佐藤駿
上演記録
KACパートナーシップ・プログラム2024
バストリオ『Holy cow/わたしたちは一度しかない』
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◾️クレジット
演出|今野裕一郎
出演|黒木麻衣、坂藤加菜、佐藤駿、スカンク/SKANK、中條玲、橋本和加子
音楽|高良真剣
◾️会場 京都芸術センター フリースペース
◾️会期 2024年11月2日(土)〜11月4日(月・祝)