ジョブ型雇用を導入すべきかは課題設定として正しいのか?
近年ジョブ型雇用についての記事をよく見かけるようになり、終身雇用が崩壊した今、雇用の在り方はジョブ型に変わっていくという話を耳にするようになりました。今回はジョブ型雇用について懸念している点を整理したいと思い記事を書いてみることにしました。
1 ジョブ型雇用って
ジョブ型雇用は「あらかじめ職務内容や職責を規定した職務定義書(ジョブディスクリプション)を策定し成果に基づき評価する仕組み。」とされています。日本の総合職な職務内容の幅が非常に広いものを「メンバーシップ型」として「ジョブ型」と対比されています。
2 従業員の目から見たジョブ型雇用
メンバーシップ型からジョブ型雇用になることで従業員の働き方はどのように変わるのでしょうか。東洋経済で従業員の目線からジョブ型雇用を論じた面白い記事がありましたのでこちらを紹介します。
この記事によります、ジョブ型雇用になることは、従業員にとって「会社から与えられたキャリアを歩む」から「自ら専門性を磨き、自らキャリアを歩む」ことへの変化であると考えられています。この変化に適応するためには、従業員各人は業務と向き合うだけでなく自分と向き合うことが求められることになり、そのためには下記の3点がポイントになるとされています。①自らのキャリアを振り返ること
②キャリアを点ではなく線で捉える
③線となったストーリーを他者に語り、自覚すること
端的に申しますと、ジョブ型雇用は従業員にとってキャリアの自律を迫るものであるといえます。
3 会社から見たジョブ型雇用と法務
会社からみたジョブ型雇用はどのようなものでしょうか。会社側のメリットとして①職務を明確に定義して成果を評価できるようになり生産性が上がる②問題社員や能力不足社員の解雇が容易にできるという2点が挙げられることが多いようです。
この②について誤解であるという点をビジネス法務4月号で山畑弁護士が論じてましたのでこの概要を紹介します。
まず解雇ですが、ジョブ型により従業員の職務(債務)が明確になるので債務不履行の存否の可視性が高まりますので相対的に有効性が認められ易くなると考えられます(フォード事件等)。他方で、解雇には客観的合理性と社会的相当性が必要になりますし、日本の労働法制は雇用保障に重きを置いていますので、解雇はしやすくなりますがだからと簡単にできるようになるわけではないという点は会社はきちんと認識しなければなりません(ブルームバーグ・エル・ピー事件等)。
また賃下げについても、職務を限定してその職務として同意する以上、金額を固定して契約すれば同意なく変更することはできなくなりますし、幅を持たせるにしても職務と賃金を関連された賃金表を作成する等職務と賃金の関係性をより明確にすることが求められるようになると考えるべきです。
日本の労働法理は、手厚い雇用保障(従業員有利)と引き換えに広範な配置転換権を含めた人事権(会社有利)を認めているものですので、ジョブ型によって相対的な変化はあってもこれによりドラスティックに会社有利になるとは考えることは極めて危険です。
また、①についての疑問は原田未来様のnoteで記載されていたので、記事のURLを添付しておきます。
4 ジョブ型雇用を導入すべきかは課題設定として正しいのか?
(1)ジョブ型雇用は手段であって目的ではない
ジョブ型雇用のメリットに関する議論への懸念を上記しましたが、同時にそもそもジョブ型雇用の議論について懸念している点としてなんのためのジョブ型雇用かという点があまり論じられていないことがあります。
原田様のnoteにありますように「職務を明確に定義して成果を評価できるようになると、生産性が上がる」という考えが前提になっているからかもしれません。
しかしながら、会社毎にビジネスモデルがあり必要となる人材のポートフォリオが違うなかで生産性が上がるはずと安易に考えることは不適切でしょう。会社の現在のビジネスモデルや今後の在り方や企業風土等を踏まえ、求める人材のポートフォリオを考えその実現に適した人事制度がどのようなものなのかという中でジョブ型かメンバーシップ型かロール型か、はたまたそれをどう組み合わせるかという議論こそが健全であると考えます。
(2)人材の活躍のための手段と考えていますか
「職務を明確に定義して成果を評価できるようになると、生産性が上がる」、それが会社にとっても従業員にとってもハッピーだという論調が見られますが、それは本気でそう思っているのかという点にも心配があります。ジョブ型の議論は従前からありましたが、活発な議論が出だしたのはコロナで各企業が業績で苦労し始めたころであり、また会社側のメリットとして上記のように賃下げ・解雇しやすいという点が挙げられています。
人材活躍の手段という建前で本音は人件費削減でないかという面が透けて見える点が気になります。
企業にとって苦境時のリストラは選択肢でありそれ自体をすべて批判するものではありませんが、そうであれば真摯にその旨をうたって労使交渉をしたり制度設計をするべきと考えます。
制度の本来の目的が建前と異なると制度設計に真剣に取り組まず手段と目的の関係がアンマッチになるもしくは雑になります。失われた20年においてあれだけ叫ばれた成果主義が多くの企業でうまくいかなかった背景として、本音は全体的な賃金削減にあったためという面があり、もしジョブ型も同じような状況でしたら今回も多くの企業が失敗に終わってしまう懸念があります。
(3)経営として自社に最適な人事制度が何かを課題とすべき
上記のようにジョブ型雇用ありきで論じることは妥当な議論でないと考えています。会社の人事面の課題はなんであるのかその課題解決にジョブ型雇用は資するのかといったように、自社の経営課題としての人事制度自体が課題設定されるべきであり、ジョブ型雇用がいいかどうかを一般論として論じることはあまり有意義な議論とならないと考えています。
5 最後に
ジョブ型雇用の議論は、従業員にとっては自身のキャリアの在り方を考える契機に、会社にとっては自社に最適な人事制度の在り方を考える契機になっております。これが安易な人件費削減の手段に堕することがないことを願っています。