ハム太郎のキーワードからまなぶ日本経済(Vol.1「避妊」中編)
2.日本と世界では、中絶や避妊に対する歴史が違う
数日後
ハム「ロコちゃんロコちゃん」
ロコ「んん…ハム太郎、こんな朝からどうしたの?
ひまわりの種でも欲しいの?」
ハム「欲しいのだ!」
もひもひ
ハム「・・・って、ちがうのだ!話しかけたのは別の理由なのだ。
こんな論文があったのだ!」
ロコ「わあ、これは気になってたテーマにぴったりな論文じゃない!
さすがハム太郎ね。」
ハム「へけっ🌻」
ロコ「それで、どんなことが分かったの?」
ハム「うん、日本と世界とでは、中絶や避妊などの導入の歴史が
大きく異なるのだ。」
ロコ「なるほど、背景が全然違うのね。
それでどんなところが違うの?」
ハム「はじめに世界の状況を改めて確認したあとに、
日本の独自性を一緒に確認していこうなのだ🌻」
⓪ 欧米では、女性の"リプロダクティブ・ライツ"として
中絶合法化と避妊の浸透が進んだ
ハム「そもそも、世界では中絶をする権利が認められることや、
子供を作るか作らないか家族計画を立てること自体が、
結構難しいことだったんだよね」
ロコ「ん?どういうことなの?」
ハム「宗教の問題なのだ。
たとえば、キリスト教ではカトリックもプロテスタントも、
受精した段階で”人間”であると考えるから、
人工中絶=殺人と捉えられていたのだ。]
ロコ「なるほど、そういう捉えられ方をするのね。」
ハム「聖書にも"産めよ、増えよ、地に満ちよ"っていう一節があるらしく
て、そもそも子供はたくさんもうけるべきものだと捉えられていたの
だ。
そんな中で中絶を望む女性が、自分自身で中絶を試みたり、
闇中絶をして、命を落とすことが多かったんだそう。
この問題に向き合っていたのがマーガレット・サンガーさん。
サンガーさんは厳格なカトリックの家庭に生まれながら、
自分の母が生涯で18回妊娠し、11回の出産を経て病気で亡くなったこ
となどをきっかけに、
"良識的な家族計画を立てよう"
"女性には自分自身で自分の健康を守る権利がある"
といった思想で避妊を普及していたのだ。
ちなみにこうした権利は「リプロダクティブ・ライツ」とも言われ、
SDGsの中でも、ターゲット目標として、
全員がしっかりと避妊や中絶などにアクセスできる体制を整えよう、
という内容が指標として組み込まれているのだ。
▼リプロダクティブ・ライツとは
産むか産まないか、いつ・何人子供を持つかを自分で決める権利。
妊娠、出産、中絶について十分な情報を得られ、
「生殖」に関するすべてのことを自分で決められる権利。
ロコ「なるほどね。
リプロダクティブ・ライツ、という言い方で、
現代のSDGsにもかかわっているのね。」
ハム「ただ、当時は宗教上よく思われなかった考え方だったから、
サンガーさんは、何度か捕まったり裁判にかけられたりもしたのだ。
でも、サンガーさんの訴えをキッカケにグレゴリー・ピンカス博士が
ピルを開発したりと、後世に与えた影響はとても大きい人なのだ。」
ロコ「へえ…サンガーさんすごい人なのねぇ👀」
ハム「うん…実は負の側面もあるんだけどね…」
ロコ「え?そうなの?」
ハム「あとで話すのだ。
このように、世界では避妊=女性解放というイメージが強いのだ。
実際にフランスで行われた1990年のアンケートでは、
"この20年間で女性の人生を変えるのに最も貢献したもの"
というアンケートでピルが1位になっているのだ。」
「この 20年間で女性の人生を変えるのに最も貢献したもの」というアンケートで,仕事や地位に関する項目を超えて, 35~54歳の女性ではピルが1位になっている (LeNowvel Observateur, 1990)
ロコ「なるほど…そういう思想があるから前編に出てきたアンケートにも、
"避妊は女性が主体的にするもの"という結果が
欧米圏では多いのね。」
ハム「BBCによると、ピルの普及によってもたらされた影響として、
以下があげられているのだ。
・自分のキャリアをコントロールできるようになることで、
医学や法学を学ぶ女子学生が増加し、
医師・歯科医・弁護士を目指す女性の割合が増加した
・出産年齢が上がり、
女性が余裕をもってキャリアや勉学に励むことができ、
女性の所得が上昇した
※:20代の女性が妊娠を1年遅らせることで、
生涯賃金が10%増加するというデータも出た
ロコ「へえ。
じゃあ、女性側の避妊の代名詞でもあるピルの普及は、
経済的にも大きな効果があるのね👀
そんな中で、いったいどうして日本では、
"避妊は男性が主体的にするもの"と思われているの?」
ハム「そこにはこれから話す3つの理由があるのだ。」
① 日本は、女性運動を伴わない"人口統制"のために、
世界で初めて中絶の合法化が行われた国だった
ハム「実は、日本は中絶が世界で最も早く合法化された国なのだ。」
ロコ「え、そうなの?
それはいったいどうして?」
ハム「第二次世界大戦敗戦後、
食糧不足とベビーブームが重なったことが原因なのだ。
実際に日本の人口推移を見てみようなのだ。
ロコ「ほんとだー、このときって人が多かったのね。
戦後で食べ物がない中、子供を養っていくのは大変だったでしょう
ね。」
ハム「そういう背景の中で、日本では医師集団が国会議員を説得したり、
GHQも”中絶を合法化したら過剰人口が抑制されて、日本の経済復興
を助けそうだね~”っていうので、中絶が合法化されたのだ。
実際にこのときの中絶件数を見ても、たくさん中絶が行われたことが
わかるのだ。」
ロコ「ほんとだ。1952年に中絶が合法化されてからの伸びがすごいわね!
そう考えると日本って進んでる国だったのね~。」
ハム「うーん…」
ロコ「歯切れが悪いわね。どうしたの?」
ハム「少し脱線してしまうんだけど、中絶の合法化に伴って、
日本では"優生保護法"が成立しているのだ。
これを推し進めた古屋芳雄医師は、
"教育程度の高い上層階級の人々が家族計画を立てて、
貧しくて教育程度の低い人々が避妊しないことによって、
日本の人的資源の質が下がってしまう"という考えを持ってたのだ。
また、悪質な遺伝子を淘汰して、良質な遺伝子を残そうという、
ナチス・ドイツの"遺伝病疾患子孫予防法"も参考にしているのだ。
※:実はサンガーさんも、遺伝子的に悪い家系を断つための断種と隔
離は必要、という優生学の立場をとっていたのだ
これによって多くの遺伝性疾患を持つ患者さんや、
遺伝する病気ではないハンセン病患者さんたちが、
合法的に、無理やり中絶をさせられたのだ…。」
※:古い資料につき、ハンセン病が「らい疾患」と呼称されています。
現在はこの単語は差別・偏見を助長するものとなっており、
使われていません。
もしお気を悪くされた方がいらっしゃったらごめんなさい。
ロコ「なんてこと…」
ハム「中絶の合法化によって救われた人も多い一方で、
こういった負の側面があったことも覚えておくと、
広い視点で日本社会を見つめることができそうなのだ。
まぁ、なにはともあれ、
日本では女性運動の結果としての中絶の合法化ではなく、
人口統制のために権利がまず与えられた、という歴史があるのだ」
ロコ「確かにそういう背景だったら、
そもそも避妊を自分ごと化しにくいというのも理解できるわね。」
② 優生保護法 × 人口統制策の影響で、
貧困層の人が使いやすい避妊方法としてゴムの普及が国策的に進められた
ハム「優生学の立場をとっていた背景もあり、
日本の場合は特に"貧しくて教育程度の低い人々に避妊させたい"
っていう思想が強かったのだ。
当時、同じように優生学を支持していた、
P&G創業者の孫であるクラレンス・ギャンブルさんが、
日本の避妊普及に寄付してくれたり、国会にかけあったりして、
モデル村を中心に、無料の避妊クリニックがたくさんできたのだ。」
ロコ「ここでP&Gの御曹司の方がかかわってくるのね👀」
ハム「あんまり本社とは関係なさそうな人だけどね。
当時はアメリカでピルが避妊薬として認可される前だったので、
以下の避妊方法が比較されたのだ。
・ゴム
・ベッサリー
・塩スポンジ法
(ギャンブルさんが固執してたけどうまくいかなかったやつ)
実証研究の結果、最も普及率と避妊効果が高く、
コスパがよかったのがゴムというわけなのだ。」
ロコ「そういうことなのね。
国策的に人口統制目的で避妊普及が他の国より早く進んだからこそ、
ピル開発の前に、ゴムの普及が進んだというわけなのね。
じゃあどうして、ピルが開発されたあと、
女性側の避妊法は広まらなかったのかしら?」
ハム「ここが最も異質なポイントだと思うんだけど、
日本の女性団体は議論の結果、
ピルの受け入れに対して反対の姿勢をとってたのだ。」
③ 女性に避妊を自分事化する意識が芽生えず、
女性団体がピルの受け入れを反対した
ロコ「えっ!どうして!
世界的には、ピルは女性解放の象徴じゃない👀」
ハム「女性団体の主張は大きく以下の3つだったのだ。
A:医師や製薬業界が女性の身体を使って
不当に利益を上げようとしてるんじゃないの?
B:1960年代には、ピルにまだ副作用や有害性があったし、
1970年代になってもまだ不安だわ…
C:ピルは避妊の責任を女性のみのものとするものじゃない?
そもそも男性にゴムつけてって主張すればいいのに、
安易な気持ちでセフレをつくる女性が増えるかも
ロコ「うーん…
Aに至っては"利益を上げる=悪いこと"と捉えてる時点でヤバいし、
Bはもう当時改良されて安全性が高い低用量ピルが開発されてたの
を知らない時点でヤバいし、
Cはピルを受け入れない理由にならないし、
なんか全体的にヤバいわね。」
ハム「やっぱり、①・②で上げたように、
日本の女性団体が中絶の権利を獲得するフェーズに至らなかったり、
先にゴムが普及したことにより、
日本の女性が避妊を自分事化する機会を逸してしまったことこそが、
こういった議論の質が低い原因にもなってるじゃないかなぁ…
と僕は思うのだ。
その後、1999年になって、ようやくピルは承認されるのだ。
ただ、中学生向けの副教材にピルの記述があることに対して
保守派の参議院の女性議員が
"ピルを学生に教育するのは行き過ぎた性教育"と主張したり、
性教育を行った多くの教員が処分されかけたり…
文科省も含めて、全国的な性教育批判キャンペーンが
相次いだのだ。
このときの討論内容を見ても、政府が性の乱れに対して過剰な恐怖心
をもっているように感じるし、適切に議論が行われてるとは思えない
のだ…。
2018年も足立区の中学校で行われた性教育が不適切視されてるし。」
ロコ「なんてことなの…」
ハム「ロコちゃん?」
ロコ「日本では、現在も年間16万件以上の中絶が行われているわ。
さらに、日本家族計画協会の調査によると、
日本の全女性の9人に1人が中絶を経験しているらしいの。
中絶費用は自費でだいたい十数万円のお金がかかる。
女性の身体や精神に与えるダメージも大きいはずよ。
もし、女性側の避妊について、
教育や普及がなされていたとしたら、
救われた人もいたかもしれないのに…」
ハム「ロコちゃん、だめだよ、
感情論から合理的なアクションは何ひとつ生まれないのだ。
ある意味、これは日本社会に深く根付いている問題だからこそ、
日本経済を勉強している僕たちにとっては、
ビジネスと絡めて解決するチャンスでもあると思うのだ!」
ロコ「そうね。
私たちはあくまでビジネスという立場からこの問題に向き合う必要が
あるわね。
いい解決事例がないか、調べてくるわ!」
リプロダクティブ・ライツという文脈では、SDGsに向けて取り組んでいくべき行動ともとれる「避妊」というテーマ。
こうして僕とロコちゃんは、
ビジネスという視点から、日本の避妊普及や教育の問題を扱って解決する手段について探してみることにしたのだ!
みんなは、どうしたら解決することができると思う?
考えてみたら、以下から後編に進んでみてほしいのだ🌻へけっ