自分と向き合う映画評#1 『恐怖の報酬 完全版』 SORCERERって誰やねん
言わずと知れた1977年のウィリアム・フリードキン監督の大作『恐怖の報酬』。公開当時は興業的にも批評的にも芳しくなく失敗作のレッテルを貼られたこの映画。近年になって監督の執念により当時大幅にカットされた部分を復活させて再編集されたものが「完全版」として公開され再評価の気運が高まり、現在ではフリードキン監督の最高傑作と呼ばれるまでに名誉挽回した映画。
私は以前に「短縮版」は観たことがありその異様な迫力に痺れたクチで、大好きな映画でした。でもこの映画に関して、長年の謎、と言うほどでもないけどちょっとだけ心の隅に引っかかっていたことがありまして。
その「謎」とは、この映画の原題『SORCERER』の意味。
ご存知のようにこの映画は1953年のフランス映画『恐怖の報酬』のリメイクで、邦題もそれを踏襲して同じ『恐怖の報酬』になっているのです。
基本のストーリーは両作ともほぼ同じ、「掃き溜めの街でくすぶっている4人の男たちが報酬目当てに遠方で起こった油田事故の火災を消化するためのニトログリセリンをトラックで運ぶ」というもの。この設定が秀逸なのは異論のないところだとは思いますが、リメイク版でも吊り橋を渡るシーンなどはその撮影の過酷さと共に語り草になるほどの名シーンでしょう。それ以外にもトラックを組み立ててそのライトがピカッとひかるシルエットなど、印象に残るシーン、手に汗握るシーンが目白押しでした。まさに『恐怖の報酬』というタイトルがぴったり!、、、のはずなのだが。
このリメイク版の原題は『SORCERER』。日本語にすると「魔術師」。
ん、何それ?
何で『The Wages Of Fear』じゃないの?
こう思ったのは自分だけじゃないようで英国で公開された時も「これじゃホラー映画と間違われるで!」と言われて『The Wages Of Fear』に変更されたのだとか。
再映画化にあたり、監督は何故このような題名に変更したのか、その意味は黙して語らず、かどうか知らないけれども特に何の説明もされていないようです。
Sorcererって一体なんのことやろなぁ、、、と喉に刺さった魚の小骨の如く、しかし時間と共にその謎の存在さえも忘却の彼方へ、、、。
でもね、この度「完全版」を鑑賞する機会に恵まれたお陰で、その長年の「謎」がスウッと解けたのでした。
「短縮版」では「貧困村にくすぶっている男たちが一攫千金を狙って危険な賭けに出る」という話だったのに「完全版」では「死に魅入られた男たちが自分の運命に必死に抗うが、結局は、、、」という物語に変貌している。
編集で勝手に物語を変えられたらそりゃ監督怒るよね。
でもこうして完全版を観れた事でなぜ題名が『The Wages Of Fear』じゃなく『SORCERER』なのかが自分なりに深く納得できた。
日本の宣伝とかでは「魔術師」って訳されてるけど「呪術師」の方がしっくりくる気がする。
この映画は、呪いをかけられた4人の男の物語なのだ。
何の呪い?
もちろん「死」の呪いです。
「完全版」で追加された前日談は、彼らが「死」の呪いをかけられた瞬間を描いている。そしてその呪いから一目散に逃げる姿を。特に主要2人のキャラのエピソードでは目の前の死体を見てそこから慌てて走り去るというまさに「死から逃げる」そのままを絵で見せてくれます。
そしてニトロを運ぶという死と隣合わせの試練を乗り越える事で呪いを解こうとしたわけだが。
しかし、、、呪いってのはね、そんなに甘いもんじゃないんだよ。
つかこの映画、フツーにホラーやん!
オープニング、「SORCERER」の題名と共に恐ろしげな石像が暗闇のなか浮かび上がる。あの石像は「呪術師」つまり「神」でも「悪魔」でもあるいは「宿命」と言ってもいいかも知れないけど、呪いを放つ主体を具現化した姿。
あの像はどっちを向いていた?
真っ直ぐ観客の方を見てたよね。この「死」の呪いは全ての観客にかけられた呪いでもあるわけだ。
誰でも例外なく最後には死を迎える。いつでも死というのはすぐ隣にある。フリードキン版の『恐怖の報酬』は「死」から決して逃れることのできない「人間」の宿命を描いた物語。そしてそれはこの映画を見ている観客一人一人の物語。
監督が前段のエピソードとラストの顛末をどうしても復活させたかったわけだ。大幅にカットされたバージョンをみて「これじゃ話が伝わらん!」と思ったのも無理はない。
しかし、ここまで書いといてなんですが、それでも僕は「短縮版」の方が好みなんです。短い映画が好きという生理的な理由もあるんだけど、それよりも、「短縮版」にも監督が意図されたものが十分内在していると感じているから。全てを律儀に説明しなくとも元々伝えたかったストーリーが持っている禍々しさが「短縮版」からもほとばしっていたと思うのですよ。「短縮版」をみただけでもニトロを運んでいるからだけではない、何か只事ではない恐ろしいことが彼らの身に起こっていることは感じとれていた気がするのです。
どんなに切り刻ざまれても、あなたの伝えたかったことはちゃんとフィルムの隅々に宿っていたんです。
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