「お客様」を「敵」としか思っていなかった元コールセンター職員が、辞める1週間前にその呪いが解けた話
1行まとめ:素性も知らない人の言葉で救われることもある
前回、怒りと虚無と哀しみで書いた。
今回は、また違う気持ちで書こうと思う。
コールセンターで仕事をしていると、まぁ、いろんな人と話をすることになる。
始めから怒っている人。
ご機嫌で電話をかけてくる人。
丁寧な対応をしてくる人。
子育ての合間を縫って電話をしてくる人。
会社の会議室から電話をしている人。
電車に乗る前に電話をしてくる人。
その中で、印象に残っている人がいる。辞める1週間前の電話だ。
この時期、アンケートメールの「対応ありがとうございました」「迅速な対応感謝します」といったメッセージがなくなっていた。
辞める1年前から届かないため、虚空に向けて対応していると感じた。私は何をしているんだろうと。
ずっと、自分の対応に自信がなかった。
知識をつけ、何でも答えるようになった。昔、新人時代に別の人に転送したときに「なんで、学んでないんですか?」とめんどくさそうに言われたから。
会社のデーターベースを自分なりにまとめ、会社のHPの内容も簡潔にまとめた。サポートを呼ばなくてもいいように。
分からないことがあることが怖かった。いや、分からないをそのままにする自分が許せなかった。知識不足で、お客さんを怒らせた過去があるからだ。
ベストを尽くした。陳腐な言葉ではあるが、ずっとどうしたら対応が良くなるか。お客さんからメッセージを貰えるか、それだけを考えてた。
それでも、相手から反応が返ってくることはなかった。
メッセージもなく、相手からの定型文のような「ありがとう」
上司から「今月、早出か残業をしてほしい」と常に社内電話が飛んでくる。
お客さんの電話を何本とっても、給料には何も反映されない。
自分が、何のために頑張っているのか分からない。
もう、数年。本も漫画も映画もアニメも見ていない。見ていたのはMSSPの毎日マイクラ動画だけ。
その動画を見て、私は生き延びていた。
それでも、段々と、心が死んでいく。
見てわかる成果が、目の前で消えていく。
電話の向こうにいる人が、段々と「人間」と認識できなくなる。
日曜日の昼。電話に出ると、恐らく酔っぱらっている男性から電話だった。
「昼間から酒かよ」呆れたのを覚えている。
関西弁で、語気が強く、最初は委縮した。この時には、私はコールセンターにかけてくる人間を「敵」と認識していた。
だから、負けないように強く言葉を紡いだ。相手との温度を同じくし、出来るだけ簡潔にしゃべった。
幸いにも、すぐに解決できた。内容は複雑だが、丁寧に解せばあっけない内容だった。これで、終わる。
そう思った私に、おじさんは世間話を始めた。
「あんた、コールセンターの何年目だ」
たまに聞かれる言葉だ。何故か分からないが、顧客の中にはオペレーターの勤続年数を聞いてくる人がいる。どっちにしろ、そういうやつらは面倒だ。
何を言ってくるか分からない。正直に答えれば「2年も働いているのに、こんなこともできないのか」。やりとりに関係ないと言えば「やましい事でもあるんだろう」
うんざりしていた。こちら側の情報を探ろうとする奴らに。
「年齢は?」
「男か?女か?」
「そこのコールセンターの場所は?」
「貴方の部署は?」
「貴方の名前は?下の名前は?」
また、何か言われるのか。マイクが拾わないように、ため息を漏らす。
めんどうだ、早く切れよ。と思いつつ、半ばキレ気味に「2年目になります」と、努めて明るく答えた。
「そうなのか。ずいぶん、しっかりしているな」
拍子抜けした。
褒められたのなんて、ずいぶんと久しぶりだからだ。
思わず素っ頓狂な声を出した。「あ、りがとうございます」
おじさんは続けた。
「さっき、同じ内容で電話したんだよ」
聞けば、私の前に別のオペレーターと話をしたらしい。同じ内容を話したにも関わらず、そのオペレーターは何も答えられなかった。
「前の人も2年目って言ってたな」、おじさんは話した。
「同じ年数でも、あんたみたいにしっかり出来る人もいる。あんたみたいな人が増えたら、こっちとしては助かるんだけどな」
細かいニュアンスは、覚えていない。
最初の話し方からは想像が出来ないほど、柔らかい話し方だ。
「あんたみたいないい人が辞めて、前の奴みたいなのが残ってるんだよな。あんたは、辞めずに頑張れよ」
何も言えなかった。
ごめんな、おじさん。私、来週で辞めるんだよ。この仕事。
言えなかった。目の前のおじさんは
「次電話するとき、またあんたに頼みたいんだが……できないか?」
と提案してきた。
「オペレーターの指名は出来ないんですよ。ただ、次対応した場合には今日と同じように対応させてもらいます」
そう答えた。答えるしかなかった。
だって、次、おじさんが電話をしてきたときには私はもういない。
私の回答におじさんは嬉しそうに。
「なら、次もあんたが出てくれるように願っておくよ」
と電話を切った。
私は、顔を覆う。心の中でおじさんに話しかけた。
(その言葉。1年前に聞きたかった)
もう少し早く聞いていたら、まだ続けていたかもしれない。
それでも、辞める前にその言葉を聞けてよかった。
「しっかりしているな」
「あんたに対応してもらってよかった」
おじさんの言葉を聞いて、私は呪いが解けた。
「敵」として見ていた人が、「お客様」だったことに最後の最後、ようやく気づけた。
1週間後、私はコールセンターをやめた。
数年たつが、いまだに心に残っている出来事だ。細かいニュアンスは忘れたものの、私の支えの一つになっている。
何気ない言葉だったと思う。おじさんからしたら、本当に何気ない、ただの世間話だ。褒めてやろうとか、相手のためになればなんて思っていない。本当にただの世間話だ。おじさんからしたら、愚痴だろう。本音が出たともいえる。
まさかその言葉が、20代の人間の心の支えになっているとは思わないだろう。
名も知らないおじさん、ありがとう。あの言葉を胸に、まだ生きています。
ここから先は
¥ 500
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?