烏合るなよ
僕の高校の体育の先生の話。
授業が始まった。
みな、寄り集まって誰かからの指示を待つ。
寄り集まったといっても、整列するわけでもない。
そんな僕たちを先生は「烏合の衆」と痛罵した。
指示待ち人間ではダメだ。僕の高校は自主自律を重んじていた。
特に体育の授業は3年生にもなると、先生と行うことはなく、
自分たちで授業の内容を考えて準備から片付けまで一貫して行う。基本的には先生には報告をするのみだ。
この自主自律の行動力を育む授業は非常に有意義であった。
本題から逸れてしまった。話を戻そう。
烏合の衆(うごうのしゅう)、それは鳥の群れのように統一も規律もなく寄り集まった集団のこと。
まさに僕たちのことだった。言い得て妙だ。
だがそれ以上に、自分たちを烏合の衆と表現されたことが面白おかしくて仕方がなかった。
聞き馴染みのない言葉でもあったから。
それ以来、ボケっとしてるやつがいると、
「うごんな!」
と言って注意するのが流行った。
烏合の衆となるなかれ、
略してうごるな、うごんな(撥音便)
「烏合走り」とかいう、烏合の衆っぽい走り方も流行した。どんな走り方だよ!
もはや、体育の先生を小馬鹿にしてたよね。
いや〜楽しかった。
…
……
いま僕は仕事中にうごっている。
サボるためにあえてうごる。
うごった方がいいんだ。自主自律とはいっても勝手に仕事に着手しても何かできるわけでもないし。
これぞ、うごった者勝ちというものだ。