【アッセイを考える #2】細胞破砕液と細胞内環境を分け隔てるもの
「アッセイを考える」シリーズの2回目である。シリーズ初回となる前回は、必須遺伝子の機能推定を題材に、遺伝子ノックダウンとタンパク質阻害が、本質的には類似した操作でありながら、それはあくまで一面的な見方でしかないことを紐解いてきた。
今回も「分子生物学的な感覚」を養うべく、細胞の中身がどうなっているかをイメージするような問題を取り上げてみよう。
【問題2】
酵素Aを発現する細胞を樹立した。細胞破砕液中では酵素Aの活性を観測することができたが、細胞内では酵素Aの活性を観測することができなかった。原因として考えられることと、それを打破するための対策にはどのようなものがあるか?
【回答例】
細胞破砕液(ex cellulo)と細胞内環境(in cellulo)は、溶液組成も似ているので、実験結果をブリッジングするための手段としてよく利用されているが、結果が一致しないことは時としてある。具体的に何が影響を与えているか考えてみよう。
1.様々な物質の濃度が向上している。
実際、細胞破砕液と細胞内でどれほど物質濃度が変わるか、簡単な計算で確かめてみよう。 $${1 × 10^8}$$ [cells] の哺乳細胞破砕液を作る時、どんなに濃く作成しようと思っても、ピペッティングや破砕の操作性の観点でどうしても 100 [μL] 程度の溶液は必要になるだろう。すると細胞破砕液の濃度は最大でも $${1 × 10^9}$$ [cells/mL] となる。ここで、細胞内の酵素A の個数を $${a}$$ [個]とおいてみると、細胞破砕液中の酵素Aの濃度は $${a × 10^9}$$ [個/mL] となる。一方で、哺乳細胞の体積は 1 [pL] = $${10^{-12}}$$ [L] 程度であることが知られており、細胞内の酵素A濃度は $${a × 10^9}$$ [個/mL] となる。「なんだ、同等程度か」と思うかもしれないが、もっと厄介な問題が発生する。細胞内には、核やミトコンドリア、小胞体など様々な小器官が存在している。酵素Aがそういった区画に濃縮されている可能性を考えると、細胞破砕液よりもずっと濃い環境下に置かれていると言えるだろう。
以上を踏まえた上で、どんな可能性が具体的に考えられるだろうか?
1)細胞内で酵素Aの阻害物質の濃度が高まっている。
細胞側で阻害物質の産生を抑制するように代謝改変する、酵素Aが阻害物質に対して影響を受けにくくなるように酵素改変する、などが対策として考えられる。
2)細胞内で酵素Aの生成物の濃度が高まり、生成物阻害が起きている。
酵素Aが生成物阻害を受けにくくなるように酵素改変する、などが対策として考えられる。
3)酵素Aの濃度が高まり、酵素Aが安定して存在できなくなっている。
酵素Aの発現量を抑制するようにプロモーターを変更する、などが対策として考えられる。
2.代謝反応が混線している
先ほども述べたように、細胞破砕液と比べて細胞内では様々な構成分子の濃度が向上しているが、それだけではない。細胞内ではオルガネラ同士が細胞膜で隔たれており、分子自体がそもそも移動しづらい環境にあるため、分子間同士がぶつかりやすく、反応も混線しやすい。細胞破砕液を一般的な都市圏に例えるなら、細胞内は交通渋滞が慢性化している大都市圏だ。
こうなると、酵素Aと基質がそもそも出会えないという可能性が高い。すなわち、基質が滞留しやすい区画と、酵素Aが発現している区画がオーバーラップしていないということだ。基質の滞留場所を変えることは難しいので、酵素Aの局在を変えるような仕掛け(特定オルガネラへの移行シグナルの付与など)が必要だろう。
【要点】
合成生物学の中でも特に、酵素工学と代謝工学のブリッジングで大切になる観点である。代謝のボトルネックとなっている酵素の特性を高めたとしても、さほど効果が得られなかった時、原因をどこまで掘り下げられるかで、泥沼にハマるか希望の光を見いだせるか、が決まってくる。