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【アッセイを考える #4】見たいものを正しく見る

 「アッセイを考える」シリーズの4回目である。前回は、2種類の基質を持つ酵素の反応速度論に迫り、酵素の性能を正しく知るための方法論をたどってみた。

 今回も細胞アッセイを離れて、物質の定量に着目してみたい。どちらかというと分析化学に近い内容であるが、分子生物学とは切っても切り離せない関係にある。ルーチンで定量試験を回すことも多いと思うが、実は正しく定量できていなかったということも多い。正しく定量するとはどういうことか、考えてみたい。


【問題4】
 血液サンプル中に含まれる化合物Aの量を知りたい。どのような手順で評価するのが望ましいだろうか? なお、血液サンプル中に含まれる化合物Aの濃度オーダーが判っていないものとする。



【回答例】
 普遍的な定量試験であるが、目的によって姿が大きく変わることを念頭に置かなければならない。では、どのような順番で考えていくとよいだろうか?

目指す定量感度・定量精度・スループットはどの程度か?
 
例えば、寸分の狂いも許さないような定量試験であれば、LC等で分離した後に可視光等の吸収で定量することが考えられるが、この方法を大規模スクリーニングに応用しようとすると、スループットが適合しない。スクリーニングであれば、マイクロウェルプレートを用いてプレートリーダーによる吸収・蛍光・発光分析等を実施するのがメジャーだろう。また、スクリーニングともなれば、検出に先立つ前処理の段階で時間がかかってしまうと元も子もない。なるべく短時間で簡便に前処理を行えるのが理想だ。


 実際に化合物Aの定量系を作るとなると、一般的には以下のような流れになるであろう。

1.化合物Aの濃度希釈系列を用いて検量線を作成し、定量感度を把握する。
 まずは濃度希釈系列を広く振ってやると良い。濃度が低いところでは当然シグナルも小さくなるが、濃度が高すぎてもシグナルが頭打ち/目減りする(=サチる)ことが知られている。化合物濃度とシグナルが比例関係にある領域(=ダイナミックレンジ)を見定めたうえで、ダイナミックレンジ内で細かく濃度を振っていくと良い。
 もしこの段階で目標となる感度を達成できない場合には、前処理方法を工夫するか、検出方法を見直すのが良いだろう。


2.実際の評価を遂行し、定量精度とスループットを把握する。
 
実際に一通りの定量試験を通して実施してみることで、定量精度(バラツキ)やスループット(処理可能水準数)を正確に把握することができる。
 定量精度が上がらない場合には、どの操作がバラつく原因になっているかを突き詰めていく必要があるだろう(詳細は別の機会に解説する予定)。
 スループットが上がらない場合には、まず前処理・検出・解析のどの段階にボトルネックがあるかを探ろう。そこで自動化が見込めるのであれば、ロボティクスやプログラムの利用を考えてみると良い。


3.添加回収実験を行い、夾雑物の影響を把握する。
 血液サンプルのような夾雑物を多く含むサンプルの場合、化合物Aに類似した因子が関与して、シグナルが見かけ上小さくなってしまったり、逆に化合物Aの検出を助長させる因子が関与して、シグナルが見かけ上大きくなってしまったりする。この問題を知るためには、血液サンプルに濃度既知の化合物Aを添加した時に、向上したシグナル強度から求められる化合物Aの濃度が、実際の濃度とどの程度異なるかを把握すれば良い。この試験は一般的に添加回収実験(Spike and Recovery Test)と呼ばれている。これこそが夾雑物影響も含めた定量精度になる。

 添加回収実験をする時に1つ注意したいのは、使用する血液サンプルの量である。例えば、血液サンプル中の化合物A濃度が 100 μM であったとして、終濃度 1 μM の化合物Aを添加した時に、その濃度向上を検出することができるか考えてみよう。もし、定量精度が 2% であったとすると、血液サンプル中の化合物A濃度は 98 ~ 102 μM であり、終濃度 1 μM の化合物Aを添加した後の化合物A濃度は 99 ~ 103 μM となる。もしここで、化合物A濃度を実測して 101 μM という値が算出された時、「添加した化合物Aの分を検出できた」と結論づけることはできないはずだ。
 基本的には、夾雑物を含む試験サンプル中の化合物A濃度と、添加する化合物Aの終濃度のオーダーは等しくなるように、試験をデザインすべきである。今回は、血液サンプル中の化合物A濃度のオーダーも不明であるため、血液サンプルの希釈系列(ファーストチョイスは10倍段階希釈系列が良いと思う)を作製して、固定濃度の化合物A濃度を添加してみる。その中で夾雑物を含む試験サンプル中の化合物A濃度と、添加する化合物Aの終濃度のオーダーが等しくなる水準があれば、その水準の結果を基に、夾雑物影響を含めた定量精度を評価する。


【要点】
 我々は直接的に対象を観ることができない以上、どこまでも正確な量(≒真実)を知ることはできない。あくまで間接的な計測の結果としての推定量(≒事実)のみを知ることができる。定量試験ではこの意識が大事である。

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