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三方原

今でも忘れられない八百屋さんがある。

前掛けをした威勢のいいおじさんたちが
いつも笑顔で迎えてくれた。

行くようになったきっかけははっきりと思い出せないけれど、
気が付くと、通うようになっていた。
いつしか、通うことが楽しみになっていた。

今の旬のお野菜、こうして食べるといいよ、など、
私の知らないことをたくさん教えてもらった。

教えてもらうと食べてみたくなって、
いつも両手に抱えきれないほどの荷物を抱えて帰ることになった。

ある時、仕事が忙しくてなかなか立ち寄れないことがあった。
やっと落ち着いて、みんなの顔を見ながら、
美味しいお野菜が買えるぞ!とお店に行ったら、
シャッターが閉まっていて、張り紙がしてあった。
前日に閉店した、というお知らせだった。

何にも知らなかった。
前回行った時、そんな前触れは一切なく、
いつもの通り、楽しく買い物をさせてもらった。

きっと口には出せない思いもあったに違いない。
もうあの楽しい買い物は二度と戻って来ない。
一言もお礼を言えなかった。

そんな思いがぐるぐると廻って、泣けてきた。
しばらく店の前から動けなかった。

毎年、この季節になると、買うじゃがいもがある。
「三方原」のじゃがいも。
おじさんたちにすすめられて、私が大好きになったじゃがいもだ。

この三文字を見ると、おじさんたちに会いたくなる。

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