親子
雅子は、食事を摂らないことに決めた。
雅子は今、介護付きの老人ホームにいる。
先月の誕生日で八十八歳になった。
いわゆる、米寿である。
読んで字の如く、八十八は米という字である。
本来なら、末広がりの八が二つ並びで大変、縁起の良い歳のはずだと思うが、さにあらずである。
病を患ってしまえば高齢の為、看病する人が必要になる。
息子夫婦は共稼ぎの為に、雅子の面倒をみることは出来ない。
仕方のない事である。
夫は10年ほど前に亡くなっている。
若い人の病気のように完全に治癒することはない。
肉体的な衰えは精神的にも影響を与えるように思う。
ただ老いて衰えていくばかりである。
見舞いに来る息子の表情は疲れ果てている。
毎日毎日、仕事を終えて面会に来てくれるのである。
息子の顔を見ることだけが楽しみの毎日である。
「そんなに毎日来てくれなくてもいいのよ」
の一言が言えない・・・
息子は何も言わないが経済的負担も大変だろう事は想像できる。
もう、楽にさせてあげなければ・・・
分かってはいるのだ・・・
このままだと、息子まで病気になってしまう・・・
病の床で目を閉じると・・・
息子が・・・
生まれた頃
幼稚園に入った頃
小学校の入学式
運動会・・・
いろいろな場面が走馬灯のように流れていく。
振り返れば、人生なんてあっという間だった・・・
生きるという事は食べるという事だ。
食事をとらなければ自然に衰え死に至るであろう。
もう、息子を解放してあげなければ・・・
文酔人卍