生きがい
克太郎は、数年前に現役を引退した。
長年勤務した上場企業で役員を目前にしていたが、派閥の取締役が失脚した為、下請け企業への転籍を命ぜられた。
一応役付き取締役での転籍であるが、下請けの非上場企業である。
克太郎は落胆したか。
否である。
多少の落胆は無かったかと言われればうそになるが、それよりも家族的な雰囲気の転籍先での勤務が大いに気に入ってた。
「俺は、本来こういう会社の方が肌に合っていたんだ・・・」
居心地の良さも手伝って、あっという間に役員定年を迎えた。
給与の大幅減額を条件に嘱託契約を提案されたが、すっぱりと退職した。
余生をゆったりと過ごしたいという、現役時代からの夢でもあった。
ところがどうだ、毎日が日曜日なのだ。
毎日だ。
日曜日というものは、時々あってこそ価値があるものなのだ。
楽しかったのは最初の数ヶ月・・・
街を散策すると、今まで気にもとめなかった街の老人たちが、生き生きと働いてる姿がやたら目につくようになる。
街の商売人に定年はない。
お客さんと笑顔で話をし、生き生きとしているのでる。
経済的なことよりも、その生き生きとした様子を素直に羨ましいと思った。
そこで、克太郎は行動を起こした。
ネットで自分が興味を持ってやれそうなことを探してみた。
「史跡ガイドボランティア募集・・・か・・・
もともと歴史には興味があるし、これ、
面白いかもしれないなぁ・・・」
早速、関係部署に連絡をとってみる。
大歓迎とのこと。
早いもので、それからあっという間に一年が経過した。
あれ以来、余計な事を考えてる暇はなくなった。
妻からも
「よかったわねぇ、あなた最近生き生きしてるわよ」
何のことはない、家でゴロゴロしなくなったので妻は機嫌が良いのである。
「待てよ、そう言えば新しい病気に次から次へ
罹患し病院通いに忙しかったのが、いつの間にかほとんど医者の世話になってない・・・
朝昼夕と服用しなければなら薬も激減した。
暇があれば図書館へ通い、郷土史の勉強をする。郷土史を勉強すると日本史を改めて勉強する羽目になる。これは歴史を学ぼうとする者の宿命のようなものである。
でも、苦にはならない。むしろ楽しいのである。
史跡ガイドも勉強すればするほど好評を博してくる。
健康的になり、以前より食欲が湧き、無口になりがちだったのが妻と会話が弾むようになった。
やはり、何か目的が出来ると身体の内から生気のようなものが漲ってくるような感じがするのである。
一年前に目に付いた街の生き生きとした同世代の商売人が気にならなくなった。
俺も生き生きと見えてるのだろうか?
いや他人の目などどうでもよいのだ・・・
noteギャラリー
小木曾一馬氏の作品を使用させていただきました。
感謝!