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井坂勝之助 その17
勝之助は十六歳の折、童髪を落とし月代にするのみで成人の儀式とした。
大身の旗本の家とはいえ、次男坊部屋住み身であったせいか、烏帽子を着ける儀式などは簡略化された。
この時代、次男坊以下は一般的に部屋住みと呼ばれ、無職居候の身分であった。
大名であれば分家独立ということもあったようだが、家格の下がる養子への話がなければ、
あくまでも長男の万一に備えて家名存続のための待機の身分である。
勝之助、間もなく十八歳になろうかと言うある日、
「父上、勝之助、剣術修行も兼ね旅へ出たく存じます」
勝之助の父、井坂直弼は若くして頭角を現し、今や幕閣への階段を上ろうとしている。
直弼暫しの瞑目の後、
「よかろう」の一言。
真面目一辺倒の長男に比して何かにつけて直弼の意表を突く言動行動をする勝之助を、
「こやつ、意外に大器なのかもしれぬな・・・」などと妻のりくに言っていた。
勝之助、熟考した後の行動は早い。
一月後には江戸を離れていた。計画などは無い。
ひたすら足の向くまま気の向くままに歩いた。
勝之助、山中を川に沿って歩いている。
江戸を発って、はや半年の月日が流れようとしている。
もはや月代は無く、のびた髪を茶筅髷に結い上げ革紐で縛ってある。
道らしきものは無い。
とにかく川沿いを歩いていれば、決して広くはないが開けている場所があるものだ。
そしてそのほとんどに人家が存在する。
十軒ほども人家があれば必ずと言ってよいほどに神社や祠がある。
その土地の氏神、鎮守、産土神(うぶすながみ)を祀ったものであろう。
勝之助は、そのような何でもないようなものにも、この国の生い立ちや来し方行く末を思わずにいられないのである。
それらの縁の下、祠の中が勝之助の一夜の宿になるのである。
もう一刻もたてば陽が傾いて来る、山中の日没は早い。
「今夜は野宿になるやもしれぬ・・・」
と覚悟を決めようとしたところ、
「ん?子供・・・釣りをしているのか?・・・」
七~八歳くらいであろうか川に突き出た岩の上でじっと川面を見詰めている少年がいる。
左手に数本の細い竹を持ち、右手にも同じものを一本持っている。
ただし、右手に持った細竹は川面に向けられている。
勝之助は面白くなり様子を眺めることにした。
「あの細竹で魚を突く気だな・・・」
静寂の中に川のせせらぎ、野鳥の鳴き声だけが聞こえる。
つづく