光明 第9章
第9章
カチンスキ
カチンスキ一行はダルエスサラーム大学の研究室にいる。
「ふーん、結構広くて立派なんだ・・・」
その一角に額縁写真がずらりと飾られている。
エミリは順に見て行く。
皆それなりに老人なのだが、一枚だけ若者の写真がある。
「これ、だれですか?」
側にいる年配の研究員に尋ねてみると
「まっ、この子ったら・・・」と笑う。
「カチンスキ博士ですよ」
「へーっ・・・変われば変わるもんだ」
数年前、カチンスキはエミリに聞いたことがある。
「エミリ、私は鶏に似てるかね?」
「えっ、どうしてですか?」
「今朝、車で信号待ちをしている時、隣に車の窓から子供が、
「あっ、ケンタッキーチキンのお爺さんだ!」と言われたんだ。
エミリはゲラゲラと笑った。
確かに似ている。白い髭をたくわえ太っている。おまけに眼鏡まで掛けているのである。
「博士は、この写真とは全く別人、なんといってもスマート過ぎるわ」
エミリは笑いながら次の写真を見ようとした瞬間、突然思い出した。
「ママぁ、このペンダントロケットの写真は誰なの?」
「これは、エミリのパパよ。ハンサムでしょ」笑顔の写真だった。
今、目の前にあるカチンスキの写真は笑ってない。が、間違いない。
母に見せられた写真と同一人物である。何よりもエミリの直感がそう言っている。
年配の研究員は懐かしそうに・・・
「博士の若い時は、それはもうハンサムでユーモアもあったわぁ」
「実はねえ、私も口説かれるのを待ってたの。
ところがねえ、今のぐうたらのばか亭主と間違いを起こしちゃって・・・」
と延々早口で喋り続けるが、エミリはすでに聴いてない。
「雲の上のパパ・・・」
ダルエスサラーム大学で、ミランダは毎日、自発的に講義を聴き、あらゆるゼミナールに参加している。
「エミリ、結果は出たかね?」
「はい、先生の予測通りです」
「ウィルスは検出されたんだね」
「はい、同種のものだと思われます」
つまり、こうである。
数十万年に一定期間、泉の温度がウィルス生存の最適温度になり、それが奇跡的に人体に取り込まれる。
そしてそれは人類の進化に考えられないような影響を及ぼす。しかも、そのウィルスにとって、その事のみが与えられた使命としか思えないのである。
人類(ホモ サピエンス)には未だに解明されていない進化の過程がある。
何故、四足歩行を止め、安全なジャングルを出たのか?
直立二足歩行は走るのが遅く、草原では肉食獣に捕捉される危険性が高い。
何故、近縁種(ネアンデルタール人・デニソワ人等)は全て絶滅しホモサピエンスのみが生き残ったのか?
何故、最も後発のホモサピエンスはアフリカで誕生し、肉食動物を凌駕し食物連鎖の頂点に立つ事が出来たのか?
何十万年も前からアフリカにしか存在しないウィルス・・・そのウィルスが人類の進化を促し、脳活動の劇的進化を助長した・・・そう考えれば納得が出来る。
全ての自然条件がアフリカでしか揃わなかった・・・そこまで考えた時、
「パパ!」
その言葉にカチンスキは我に返った。エミリだった。
「気付いていたのか?」
「太り過ぎて分からなかったわ・・・」
エミリは涙ぐんでいる。
「すまなかった・・・」
カチンスキは、言葉が見つからず、涙が溢れるばかりだった。
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