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井坂勝之助 その24

備前兼光
 
長時の屋 敷、居間にて

「そうですか。ではどうあっても‥」

「はい、いささか御好意にあまえ過ぎました。
しかし、ここでの滞在は拙者にとって思いのほか得るものがありました。
ご恩は一生忘れません。何かお礼をしなければならないのですが修行の旅の途中ゆえに何もござりませぬ」

「何のお礼など・・・むしろこちらの方が・・・
そうだ。
しばしお待ちを‥」

と言って長時別室へ退く。

ややあって、戻った時には手に脇差と思われる包みを携えていた。

「このような山奥で勝之助殿とお会い出来たのも何かの縁でござろう。
是非ともこれをお持ち頂きたい」

長時は包みを一度頭上へ掲げた後、包みの紐をとき脇差を取り出す。
少しの間それを眺めた後、それを勝之助へ渡す。
勝之助推し頂くように一礼し受け取る。
見事な拵えである。
 
勝之助は半間ほど後ろへ下がり、懐紙を口にして後、
スラリと脇差を抜く。

暫くの間、刀を吟味して刀身を鞘へ戻す。
 
「こ、これは備前兼光では‥」

「いかにも」

「このように畏れ多いものを受け取るわけには参りませぬ」
 
「実は勝之助殿に折り入って頼みがあるのでござる」

「何なりと‥」

「虎千代のことでござる。
あやつも遠からぬうちに元服でござる。
その時がくれば、共を一人付けて江戸へ一年程滞在させようと思っておるのです。
何と言っても江戸は将軍家お膝元、天下の政の中心でござる。
将来に備えて虎千代には見聞を広めさせてやりたいと‥
そう思うておりますのじゃ。
その時に、勝之助殿には虎千代の後見をしていただければ・・・と」

勝之助そこまで話を聞くや、ぽんと膝を打ち、

「是非、そうさせて下さい。
拙者への連絡先を後ほどしたためておきます。
今から楽しみでござる。
それでは、その時までこの備前兼光は大切に預からさせていただきます」

長時、破顔し

「虎千代のこと、煮て食うなり、焼いて食うなり、如何様にも‥
勝之助殿にお任せ致します」

と言って長時深々と頭を下げる。

これが二人の今生の別れになるであろうことは、当然のことながら、
二人ともに胸に秘めて口にすることはない。
 
こうして勝之助は長時のもとを辞去した後、数年の武者修行を経て江戸へ戻るのである。


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