十万倍速の少年
十万倍速の少年
「アマル、このままじゃクリスタの熱はまだ上がるわ。
昨日、古釘を踏んだ傷痕が化膿してるみたい。
町まで行って、お医者さんを呼んできてちょうだい」
「うん、わかった」
使いを命じられたアマルは、いつものように町まで最短距離で行けるジャングルに足を踏み入れた。
週に何回か町までの使いを言いつけられる。
ちゃんとした道を行けばいいようなものだが、アマルはそうしなかった。
半分の時間で町まで行けるからだ。
2時間の道のりを1時間くらいで行けるのだ。
ジャングルに入ってしばらく走ると、
「あれ?なんだかいつもと様子が違うぞ」
通り慣れた道筋なのだが、微妙に木々の感じが違うのである。
と、前方に巨大な物体が見える。
「なんだ?あれ‥」
そっと木陰から様子を見る。
しばらく眺めていたが動く気配はない。
「よし!」
意を決して木陰から足を踏み出す。
出来るだけ音をたてないようにして少しずつ近づいて行く。
「ぞ、象‥?」
全く動いていない。
さらに近づく。
「象だ!
象の実物大の作り物・・・?」
極めて精巧に造られた物のようである。
恐る恐る触れてみる。
「ほ、本物だよ‥
しかし、動いていない‥」
質感は完全に象のそれである。
アマルは腰を抜かしそうになるのを必死で堪えた。
よく見ると左前脚は少し地面から浮いており、不自然にアマルの方に向いている。
「なんでこんな格好にしたんだろう‥」
と観察していると不自然にアマルに向けられた前脚の裏にトゲのような物が刺さっている。
「わざわざトゲなんか刺しちゃって、
まるで妹のクリスタみたいじやないか」
「クリスタ‥
あっ、いけない。
大切な用事を忘れるところだった。」
アマルはいったん駆け出そうとするが、何故か気になり、もう一度象の像を見る‥
視線を象の顔にうつすと‥
「うそだろう!泣いてるじゃないかぁ。
どうしてこんな置き物をつくるんだよー。
えーと、どうするか‥
えーい!」
アマルは象の脚に刺さった‥刺してあるトゲを思い切り引っ張った。
「抜けた‥」
アマルは少しの間茫然としていたが、あたりを見渡し、蔓を引きちぎり象の鼻先にゆわえ付けた。
「よし!これでいいや」
何故わざわざそんなことをしたのか、アマルにも分からなかった。
そして、アマルは一目散にジャングルを駆け抜けた。
「そうか、クリスタがそんなことに‥
よし、わしの車ですぐに行こう。アマルよく頑張って来てくれたな。
もう安心だから早くクルマに乗りなさい」
「あの、ちょつと‥用事がまだあるから先生だけ先にママのところに行ってください」
「用事?‥
そうかわかった。早くすませて帰るんだぞ」
「はい!」
アマルはそう言うや、一目散に来た道を戻りジャングルに入った。
象のことが気になってしかたなかったのだ。
「あれ?たしかこのへんだったはずだけどなぁ‥」
あるはずの所に象の作り物はない。
アマルはキョロキョロしながらジャングルを家の方に向かいつつ走る。
ついにジャングルを抜けてしまった。
「おかしいなぁ‥夢でも見たのかなぁ‥」
しばらく走ると前方に子供達が象を囲んではしゃいでいる。
アマルは急いで子供達のところへ駆け寄った。
鼻先に蔓をゆわえ付けられた象が、チラリとアマルの顔を見ると穏やかな目で、
「パオーン」
アマルはなんだか嬉しくなり、家に向かって再び駆け出した。
「ただいまぁ!
先生、来てる?」
「まだ居たの!
モタモタしてないで早く先生を呼んできてよ。もう、20分も何してたのよぉ」
「えっ?もう行って来たよ」
「どうして、そんな嘘を・・・」
言い終わらないうちに‥
ドアが開き、
「クリスタは大丈夫か?」
ママ
「せ、せんせい・・・」
完
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