井坂勝之助 その11
井坂勝之助 その11
刺客2
『お手前が、井坂殿か?』
鷹揚なもの言いである。
『いかにも』
『拙者、お手前には何の遺恨もござらぬが、故あって斬らねばならぬこととあいなった。お相手願いたい』
『ほほう、故あって?』
『当方には、何の故もござらぬ。失礼致す』
『待てい!』
『お主、旗本五千石、水野上総之守を知っておろう』
『それが何か?……
ははぁ、旗本奴の水野弥九郎に銭で雇われたか』
『これ以上の問答は無用であろう』
と言うや、抜刀する。
『是非も無い。竹蔵下がっておれ』
相手は正眼に構えたまま動かない。
いや、動こうにも動けないのである。
剣先を上下させ、唸り声を上げる。
勝之助、構えたまま微動だにしない。
一尺ほど引いてやる。
案の定、相手は上段に刀を上げる。
八相の構え。
間合いを詰め、一気に袈裟懸けに切り込んで来るはずである。
竹蔵、固唾を飲む。
張り詰めた緊張が頂点に達した瞬間『きぇーっ!』
上段から振り下ろす。
一瞬早く、勝之助、相手の胴を払う、『どん!』という音。
肋骨のニ~三本は砕かれている。
刀背打ちである。
倒れた相手に、勝之助容赦は無い。
剣先を相手の鼻先に突き付け、ゆっくりと振り上げる、一気に脳天に振り下ろす。皮膚一枚の寸止めである。
相手は、気絶する。
『これで、しばらくは刀を持つことすら出来まい』
竹蔵
『また、一人増えましたな』
勝之助
『うむ、上杉に引き渡すようにな』
『竹蔵、これで何人になる?』
竹蔵
『五十人目に御座りまする』
井坂塾
勝之助、幕府の外様大名取り潰し政策のため、世の中に溢れる浪人の救済に乗り出している。
将軍への直訴、父親への根回しにより、鐘ヶ淵の東北に、5万坪に及ぶ土地を確保し、長屋を建て連ね、浪人の収容施設を作りつつある。
田畑を切り開き、自給自足を基本に据え、各々の才を生かすべく、読み書き算盤をはじめ、剣術、陶芸諸々……
豊漁過ぎて、余ったイワシなどを譲り受け、天日干しの上、粉砕し土壌改良飼料、出汁の素等々に加工する。
江戸市中の料理屋に今や、引っ張りだこの出汁。
全国の貧しい藩からの土壌改良飼料の引合い。取りに来るのであれば、無償提供している。
諸藩からは、それでは申し訳ないと産物を持ち込む。
全国から見学、見物人が来る有様である。