先輩【おまとめ集】
先輩 1
小生、都内の一流と呼ばれる商社に1年前に入社し、現在にいたる。
同じ課に5年先輩の同僚がいる。
同僚だ。
上司ではない。
しかし、小生はこの先輩が何となく好きである。
理由は‥‥分からない。
先輩の名前は牧上さんだ。
週末の仕事終わりの夕方、行きつけの居酒屋で先輩と飲む。
まるで恋人同士のように3日とあけずに飲むのである。
2人とも全く女にモテないんだから、当然といえば当然の成り行きである。
「おい、加津上、女ってのはなぁ」
「はい、先輩」
「決してへらへら下手に出てたんじゃダメなんだ。舐められるからな。
全く興味がないそぶりをするんだ」
「そうすると、どうなるんですか?」
「決まってるよ。向こうはこちらのことが気になって仕方なくなるんだ」
「はぁ‥で‥」
「やがて、向こうの方から媚びてくるんだよ。すがるような目をしてな‥」
「ほーっ、さすが先輩!
す、すごいですね。
そ、それで何人くらいの女を落としてきたんですか?」
「人数か?」
「はい!」
「まだ、ゼロだ」
「ま、まだ?」
「ああ」
「先輩、結構な年齢ですよね」
「それがどーした」
「それで、一人もお付き合いした女性がいないということですか?」
「そうだ」
「・・・」
「これから、女性には下手に出られた方がよろしいんじゃないでしょうか」
「去年まで、ずっと下手に出てたんだよ。
それで、ゼロだったの!」
これが、尊敬する負け組先輩だ‥いや、牧上先輩だ。
先輩 2
いつものように、週末仕事終わりの居酒屋で。
「先輩、この頃、大谷選手はなかなか打てませんねぇ」
「なーに、心配することはねぇんだ。
そのうちガンガン打つようになるよ。
野球ってのはそういうもんだよ」
「そういうもんですか。
ところで、先輩、ホームランはヒットの延長だって話、よく聞きますけど本当なんですか?」
「まぁ、とーしろーは、そういう事を言いたがるもんさ」
「じゃ、違うんですか?」
「あたりめぇよ。だったらイチローはもっとホームランを打ってたはずだろ」
「なるほど‥」
先輩たまには核心を突いたようなことを言う。
「ホームランてのはな、何といえば分かるかなぁ‥
やっぱり、こう狙わなきゃ打てねぇんだよなぁ‥
うーん、甘い球が来た時に一瞬の判断で狙い打つんだ。ダーンとな」
「ばーん‥と‥」
「違うよ、ダーンとだ」
「なるほど‥‥
で、先輩、野球は何年くらいやってたんですか?」
「野球か?」
「はい」
「一度もやったことねぇよ」
「い、一度も‥‥ですか」
「ああ」
これが、尊敬する負け組先輩だ。いや牧上先輩だ。
先輩 3
いつものように週末の仕事終わりの居酒屋で、
「先輩、うちの社長は居合をやるそうですよ。凄いですよね」
「らしいな‥」
「なんか、そっけないですよね」
「お前は何も知らないだろうがな。
剣術なんてのは所詮舞踊と同じなんだよ」
「ぶ、舞踊‥‥踊りですか?」
「そうだよ。実際の合戦とか斬り合いってのはなぁ‥
時は永禄三年五月、尾張國桶狭間において今川勢と織田勢が激突する。
わーっわーっ、遠くに軍勢の叫び声がこだまする中、一人の甲冑武者が山中を息も絶えだえにさまよっている。
「ここまで来ればもう大丈夫か‥」と、腰を下ろそうとあたりを伺った、その時、
「おお、田吾作、為爺いたぞいたぞ、甲冑に刀‥こ、これは銭になるべ」
「なっ、なんだおまえらは‥
うーむ、さては落武者狩りだな。
ふっふっふっ、どうやら相手を間違えたようだな。
わしはな、今川きっての剣術の使い手じゃ。
南辰一刀流免許‥‥」
「為爺、こいつなんかぶつぶつ言ってるぞ」
「かまうこたねぇ、やっちまえ田吾作」
「ま、待て、まだ、わしは名乗りをあげてる最中じゃ、そ、そ、それにその竹槍の長さはずるくねぇか、十二尺‥いや、さ、三間槍?
そ、そんなので突かれたら刀が届かねぇじゃねぇか‥」
「田吾作、次郎吉、やっちまえ!」
バコン、バコン‥‥
「い、いや叩くんかぇ」
てなもんだよ、長い竹槍で叩かれたひにゃ北辰一刀流も南辰一刀流もねぇんだよ、竹槍持った百姓の方が強えんだよ」
「南辰一刀流てのもあるんですか?」
「んなこた知らねえよ」
「先輩、僕は剣道三段なんすけど‥‥」
「おっ、そ、そうだったな」
「先輩は‥」
「ち、ちょっと用足しに行ってくるわ」
これが負け組先輩だ、いや牧上先輩だ。
先輩 4
週末、いつもの居酒屋で、
「おい、加津上、俺たちはなこうして酒を飲んでる時も常に感謝の気持ちを忘れちゃいけねぇんだ」
「はぁ、どうしてですか?」
「まず、健康に感謝だ。
次にだな、世界のあちこちで貧困、虐待、戦争等々で悲惨な目にあってる人たちが沢山いるだろ。
俺たちはこうして、1日働いて給料日にはちゃんと給料をもらえて酒が飲めるんだ。
この幸せに対して感謝しなきゃだめだ。
まかり間違っても、あーだこーだ愚痴をこぼして酒なんか飲んじゃ駄目なんだ」
「なるほど、そうですねぇ先輩。
先輩のおっしゃる通りです。さすが先輩です!」
「だろ、よし、色々なことに感謝の乾杯だ」
「はい!カンパーイ!」
こうして、分かった様な分からないような話をしながら飲んでいると‥
「先輩、さっきからどこ見てんですか?」
「おい、見てみろ。
あのテーブル。すごくかわいい娘が2人で飲んでるだろ」
「そうですね。それがどうかしたんですか?」
「おまえ、私たちとご一緒しませんか?
て、声をかけて来い」
「ぼ、僕がですか?
そんなこと出来るわけないじゃないですか。
それより、先輩が言ってきてくださいよ」
「馬鹿だな。俺が行って断られたら恥ずかしいじゃねぇか」
「・・・」
「それ、僕が断られても、僕恥ずかしいですよねぇ」
「まあなぁ・・・」
「あれ?このくだりどこかで、見たような・・・」
などと言ってると‥
「あれ?なんだよ!あの冴えない2人組の男、あの娘たちのテーブルに同席したぞ」
「そうですね。同僚かなにかでしょ」
「なんであんなのが、あんな可愛い娘と飲めるんだよぉ。
世の中おかしいよなー。納得いかねぇよ‥」
「せ、先輩、さっきの感謝の話はどうなったんですか?」
「カンシャ?
なんだよそれ。俺はなこのシチュエーションに納得いかないの!」
これが、負け組‥いや、牧上先輩だ。
先輩 5
いつものように週末、いつもの居酒屋で、
「ったく、うちの上層部はイエスマンばっかりなんだよなぁ」
「はぁ‥」
「間違ってることは、間違ってるとバチっと言ってやりゃいいんだよなぁ」
「ですよねぇ」
「おい、加津上、俺はなぁ入社以来イエスマンなんて呼ばれたことは一度もねぇんだよ」
「ですか」
「何だよ、ですかってのは」
「先輩はまだ平社員ですよね」
「それが、どーした」
「イエスマンてのは、ふつう重役もしくは社長の側近で、
社長に対してノーを言わない人たちなんじゃないかと‥‥」
「‥‥」
「かつがみ君」
「はい」
「おまえ、イエスマンじゃないな‥」
「‥‥」
先輩 6
今日は、月曜日からいつもの居酒屋で、
「ねぇ、ジュン君、それ新しいピアスじゃない?」
「えっ、わかった?」
「素敵!サファイアじゃない?」
「当たり!イタリア人ぽくね?」
「うん、ポイポイ」
「なーにが、ポイポイだよ。
だいたい、最近の若えもんときたら‥
ほんと、情けねーわ」
「そーですかね。我々サラリーマンはダメですけど、ピアス程度はありなんじゃないすか?」
「馬鹿野郎、男ってのはな‥」
「きゃー助けてぇ!」
「おぅおぅ姉ちゃん静かにしろよ。ここは滅多に人は通らねえんだ。観念しな」
「おい、何やっているんだ」
「ん?何だおっさんか、怪我をしねぇうちにさっさと消えちまいな」
「通りすがった以上、見過ごせんな」
「だったら、どうするってんだよ。えっ?
俺たちが大人しくしてるうちにトンズラする方が利口だと思うけどな‥」
「そうか、わかった。
では、お嬢さん一緒に帰ろう」
「ちょ、ちょっと待てや。
おっさん何言ってくれてんの?」
「ぼうず、俺はな、捜査4課(警視庁組織犯罪対策課)なんだ‥」
「ソーサヨンカ‥‥
や、やべぇ!お、おい引き上げるぞ」
脱兎の如くとはこのこと、暴漢共はあっという間に散り散りに逃げ去った。
「お嬢さん、もう大丈夫だよ。今のうちに早く家に帰るんだな」
「あ、ありがとうございます。せめてお名前だけでも‥」
「いいってことよ、まっエースのジョーとでも覚えておいてくれ」
と、夜霧の中に消えて行く。
女は
「男だねぇ‥‥」
てな、もんだよ。
「先輩、今の話の時代背景はいつで?‥
昭和中期くらいですか?」
「昭和中期って、おまえ縄文時代じゃねぇんだからな。
今に決まってるだろ」
「正直に言っていいですか?」
「ああ、俺とお前の仲だ、思ったことは何でも言ってみろ」
「エースのジョーってマジシャンの設定ですか?」
「あのなぁー」
「男だねえ‥って急にお嬢さんがお婆さんになってません?」
「僕には、お嬢さんが、どう考えても田舎の場末のスナックのお婆さんとしかイメージできないんですけど‥」
「田舎の、さらに場末のスナックの、その上しわくちゃ婆さん‥」
「あの、しわくちゃとか言ってませんけど・・・」
「さ、最近のわけーもんときたら‥」
これが負け組先輩だ。いや、牧上先輩だ。
先輩 7
週末、いつもの居酒屋で・・・
「わしゃのう加津上君、今んままじゃ会社は駄目になる思うちょる。
係長、課長はすっ飛ばして、部長に直接話をせないかんと思うちょるがぜよ。
おまんも、こんなとこでチンタラ酒を飲んでるようじゃいかんがぜよ。」
「どうしたんですか先輩、坂本龍馬伝でも読んだんですか?」
「えっ?!ど、どーして分かるんだ?」
「どうしてって、その喋り方、龍馬そのままじゃないですか」
「そ、そーか。そんなに俺、龍馬に似てるか?」
「似てません」
「・・・」
「で、しばらくその喋り方を続けるつもりですか?」
「いや、そういうことじゃなくてだな、高い志を持ってだな、社長であろうが、部長であろうがヘラヘラせずにビシッと直言しなきゃ駄目だってことを言いたいんだ。分かるかな加津上くん」
「はぁ‥
あっ、井上部長だ!こんな店に来るんだ‥」
「何!部長?!
あっ、ほんとだ!」
いつもとはまるで違う機敏な動きで席を立ち、部長へ近づく、
「これは、これは井上部長!」
「おお、牧上君じゃないか。今日も加津上君と飲んでるんだな」
「部長は何でまたこんな店に‥」
「何言ってるんだ、僕はここの常連だよ」
「へー意外ですね。部長でもこんな店で飲むんですね」
「まぁ、最近はご無沙汰だけどね」
「今日は部長、お一人ですか?」
「いやぁ、会社の女の子にせがまれちゃってねえ、もうすぐ3人来るよ。
そうだ、君たちもつきあってくれないか」
「私一人じゃ荷が重いよ。ははは
あそこの席、予約してあるんだけど来てくれよ、2人くらい座れるよ。
後で来てくれよな、頼むよ」
「部長がそこまで仰られるのであれば、この牧上しかと承りました。ご安心ください」
「て、ことなんだよ加津上、だから部長の席へ移動するぞ」
「はい!
じゃ、そこで部長にビシッと言うんですね先輩」
「何をだよ?」
「さっき、坂本龍馬みたいな顔になって熱弁をふるってたじゃないですか」
「加津上くん、今は部長に印象良くふるまってだな出世の道を探るってのが戦略的に一番正しいんだ。
何だよ、ビシって・・・」
「これが負け組先輩だ」
先輩 8
ゴルフ
週末、いつもの居酒屋で、
「おい、加津上おまえもぼちぼちゴルフを始めてもいいんじゃねぇか?」
「ゴルフですか‥」
「ああ、俺はこう見えても入社即、始めたぞ」
「えっ!凄いですね、先輩」
「まぁな」
「じゃあ、結構いいスコアで回るんじゃないですか?」
「まっ、大したことはねぇよ」
「ゴルフ中継は昔から見てましたから、それなりに分かりますよ。
どれくらいで回られるんですか?」
「70前後かなぁ‥」
「えーっ!す、凄いじゃないですか先輩!」
「しーっ、声がでかいよお前」
「もっと、早くやってれば石川遼選手とかと競ってたんじゃないですか?」
「お、オーバーなんだよお前‥ハハハ
まあ、可能性は無きにしも非ず・・・ってとこかな」
「僕、やります!
ぜひ教えて下さい、先輩!」
「おー、そーか、OK、OK教えてやるよ」
「いやー、それにしても凄いなぁ。
尊敬しますよ、先輩。
僕、ハーフ50くらいで回れますかね?」
「なに?今、なんて言った?」
「ハーフ50くらいで・・・」
「俺がハーフ70前後って言ってるのに、初心者のお前が50で回れる訳ねーだろ!」
「・・・」
「・・・」
先輩 9
情けは人の‥‥
「いやー、今日もうまい酒だったな。そろそろお開きにするか」
「そうですね」
「ところで、加津上くん」
「はい」
「君は、情けは人の為ならず、って言葉を知ってるかい」
「どうしたんですか急に‥」
「いや、知ってるかなと思ってね」
「たしか、新渡戸稲造の言葉でしたよね」
「その意味も知ってるかな?」
「はぁ、人に情けをかけるってことは、その相手の為ではなく、自分自身のためだってことですよね」
「ご名答!さすが加津上くんだ」
「ということで、今夜の支払いは加津上くんということで‥」
「今年になってずっとそうだから別にかまいませんよ」
「よっ、太っ腹!」
その週末、いつもの居酒屋で、
「先輩、こう言うことってあるんですね」
「どーした、どーした?」
「先日、先輩が情けは人の為ならずって話、してたじゃないですか」
「ん?し、したかな?」
「その翌日、1年ぶりくらいかな?ナンバーズ4を1,000円分何となく買ったんですよ」
「お前なぁ、宝くじなんて当たりっこねぇよ」
「ところが、セットストレートが当たったんですよ」
「な、なにぃ!
で、で、いくらになったんだよ?」
「それが、約50万円になったんです」
「ご、ご、ごじゅーまん?
せ、1000円がか?」
「はい、情けは人の為ならず‥
先輩のおかげです。ありがとうございました。
なので、今夜も僕が払わせて頂きます!」
「‥‥」
「どうしたんですか?先輩」
「加津上くん、今日は私が払おう‥」
「・・・・・」
これが負け組、いや牧上先輩だ。
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