井坂勝之助 その4
竹蔵
『如何なされましたか父上』
『うむ、どういう訳か上様が、お主に会いたいと……』
『う、上様が…』
ことに動じない勝之助も言葉に詰まった。
江戸城本丸御殿、広間に隣接する庭園に畏まる勝之助。
『井坂勝之助であるか』
『ははっ!』
顔は上げられない、両手をつき白州に平伏するのみである。
『苦しゅうない、近う寄れ』
『ははっ!』
形のみ近付く素振り、膝行する。
『勝之助、作法はもうよい。頭を上げて縁の前へ直れ』
勝之助、動けない。
『ええい、勝之助、予の言うことが聞こえぬか!』
勝之助、もうどうとでもなれ。
すっくと立ち上り縁の前まで進み平伏する。
将軍の近習並びに幕閣は、言葉が出ない。手打ちすら覚悟せねばならない状況である。
『皆の者、下がりおれ』
皆、意味が分からない。
『二度、言わすでない』
不気味な程の声音である。
近習、側近、幕閣一同、
『ははあぁー』
あり得ないことに、将軍と二人きりの状況である。
勝之助、額から汗が滴り落ちる。
『勝之助、そなた予の庭番を勤めよ』
後の八代将軍の時代に顕在化した、所謂公儀御庭番のようなものである。
『そなたに家来を授ける。
名は、竹蔵と申す。伊賀者である。柳生宗厳(石舟斎)の側近く仕えた者の末裔である』
『ははっ!』
勝之助、何を言っているのか分からない。
『これを』
勝之助、何やら文を授けられる……
将軍家直筆花押入りの書状である。
勝之助、諳じる程に読み返す。
『な何と言う……!将軍家の直臣?
旗本以上苦しからず…』
勝之助、どう理解していいのか分からない。
側に控えていた竹蔵、読んでの通りにございます。
『これより、上様からの御沙汰は竹蔵が文にて仕つりまする』
『金銭用立て、いかほどにても苦しからず……』
『とりあえず、百両預かり候う』
と、竹蔵。
以来、三年の歳月が流れる。