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自費出版の周辺(その1)今年は邦文写真植字機発明100年の年

 写真植字(以後「写植」)を知っていますか。今年は邦文写真植字機発明100周年の年にあたります。
 写植は文字組版方式の一つで、1970年代から80年代の印刷文化を支えた革命的文字組版システムでした。写植の原理をひとことで言うと、文字盤から一文字ずつ撮影して、その撮影された印画紙を現像して版下にするという方式です。正に写真方式の植字なのです。文字の大小はレンズを代えることで調節ができるため、同じ書体の大小なら1枚の文字盤があれば済んでしまいます。
 それまで主力だった活版活字の場合は文字の大きさ毎に膨大な量の活字を作らなければならないことや、使用頻度の高い文字はたくさん用意する必要がありました。さらに使った活字は元の棚に戻す手間が生じ、活字を置く広く頑丈なスペースも確保しなくてはなりませんでした。それら諸々を考えますと、写植の登場はまことに革命的と言えました。
 写植の原理は1910年代に欧米で発明されたのですが、実際に実用化されたのは日本が最初と言われています。その理由に挙げられているのは、日本語はほぼ正方形の中に納まるけれど、例えば欧文はWとIはそれぞれ字幅が違うので、それらの文字を自動的に詰めていく技術が難しく、実用化が遅れたと言われています。
 日本の写植機の発明は100年前の1924年(大正13年)7月24日。森澤信夫(1901年-2000年)と石井茂吉(1887年-1963年)の二人の合作でした。その後、森澤と石井は袂を分かつことになり、それぞれ写植機メーカーの「モリサワ」「写研」を立ち上げて再出発します。
 以来長い間交流することはなかったのですが、このたびの100周年を記念して、当時大きな支持を得ていた写研の石井書体をモリサワがデジタル用にリニューアルして再登場することになったのです。二社が激しく張り合っていたことを知る者にとっては、感慨深い出来事なのであります。

 二人の写植開発者の功績の一つは、文字の大きさや歯車の送りの単位をメートル法にしたことです。文字の大きさの単位を級(Q)、文字送りの単位を歯(H)にしてそれぞれの最小単位である1級1歯を1/4mmにしました。そのため5mm四方の大きさの文字を組みたいときは5×4=20級となり、ベタ組(字間隔をほとんど空けない組み方)の歯送りは20Hで送ればいいと、すぐ計算できるのです。日本で昔から使われていた「号」とか、欧米の「ポイント」と比べるとその利便性が分かります。ちなみに「級」は当て字で「Q」が正しく、Quarter(1/4)からきています。
 日本の印刷文字組版の本格的始動を、1869年(明治2年)の活版伝習所開設とすれば、それから約100年間は活版の時代。その後の20年は写植時代。そして汎用コンピュータが出現して登場したDTPが35年で現在進行中ということになります。その印刷文字組版155年の中では、いかにも写植20年は短いですが、写植文字を源流とする書体は、現在デジタルフォントとしてDTPはもちろん、私たちの日常生活のありとあらゆるところで活躍しているのです。

参考:モリサワ 「邦文写真植字機発明100周年」特設サイトhttps://www.shashokuki100.jp/   


メールマガジン『ぶんしん出版+ことこと舎便り』Vol.36 2024/5/16掲載

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