DXとマーケティングその51:5Aカスタマージャーニー【前編】
分析屋の下滝です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングとの関係を考えてくシリーズの51回目です。
ここ数回は、最近発売された『コトラーのマーケティング5.0』におけるDXとその他のDX書籍での方法論とがどのように関わり合うのかを分析しています。
DXが全社的な取り組みであるとした場合、その実行のプロセスには、整合性や一貫性が求められます。各DXの方法論において、マーケティング5.0がどのように関係するのかを分析することで、それら方法論にマーケティング5.0の考えを組み込めるかどうかを評価でき、その評価に基づき、適切な方法論を作りだせる可能性があります。
分析の最終的なアウトプットは、各方法論をベースに、マーケティング5.0の要素を組み込んだ新たな方法論となります。以下は『DX実行戦略』の書籍の場合です。
今回のテーマでの連載の議論の流れとしては以下を考えています。
1.マーケティング5.0におけるDXを確認する(第40回の内容)
2.これまでの連載で扱っていたDX関連書籍である『DX実行戦略』『デザインド・フォー・デジタル』『DXナビゲーター』との関係を分析していくにあたり、準備を行う(第41回の内容)。
3.各DX関連書籍での「DXの定義」と比較を行い、共通点や異なる点を明らかにする(第42回の内容)。
3.1.比較を行うにあたり、枠組みを定義する(今回の内容)。
4.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0でのDX」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。
5.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。
これまでの記事
これまでの連載記事に関しては以下の記事から確認できます。
これまでの話:マーケティング5.0におけるDX
マーケティング5.0に関しての概要と、マーケティング5.0でのDXの位置付けに関しては過去の記事を参照してください。
これまでの話:比較のための枠組み
分析をしていくにあたり、マーケティング5.0の領域とDXの領域をつなぐ独自枠組みを定義しました。詳細は過去の記事を参照してください。
議論の地図
議論の流れで迷子になると思いますので(私もなっています)、どのような流れで議論を進めていこうとしているのかをここに整理しておきます。
マーケティング5.0の領域とDXの領域をつなげるあたり、共通の枠組みが必要だと考えました(過去の記事)。以下の図は、この枠組みにおいて、それぞれの領域でのDXの定義が、この枠組みの要素とどのように関係するのかを示したものです。DXの領域では『DX実行戦略』の定義をここでは使っています。
DXの領域では、定義上は、顧客と関係するようなものとはなっていませんが、実際は、顧客と無関係ではないと考えられます。というのも、ビジネスモデルが有効かどうかは顧客によって決まると考えられるためです。しかし、どのような顧客に対してなのか、という点で、DXの領域がどのように顧客を捉えているのかは分析しておく必要があると考えました。
したがって、デジタル対応顧客(デジタル化した顧客)とその顧客のニーズの定義がまずは必要と考えました。とっかかりとしては、『マーケティング5.0』での顧客の捉え方をベースにしています。
やろうとしていることは、以下となります。
1.デジタル化した顧客(デジタル対応顧客)とはどのような顧客なのかを定義する
2.その顧客のニーズとなるものを定義する
3.『DX実行戦略』といったDX書籍において、デジタル化した顧客がどのように扱われているのかを分析する
この分析結果は、最終的には『マーケティング5.0』と『DX実行戦略』の統合を検討する際に使われます。両領域での顧客の捉え方の違いが、整合性や一貫性を考え上で影響する可能性があるためです。
『マーケティング5.0』での記述をもとに、デジタル化した顧客かどうかを区別するための3つの基準を定義しました。
ただしこれら3つの基準で十分なのかはわかりません。結局の所、デジタル化した顧客とは何であるかの定義が不明確なためです。
そこで、デジタル化した顧客とは何であるかを議論するための基盤となる枠組みを考えました。基本的には、3つの基準を含むような枠組みとして考えました。
この枠組みだけでは、デジタル化した顧客の定義をしたことにはなりませんが、この枠組みの要素を用いることで、デジタル化した顧客の定義を議論しやすくなると考えられます。
今回の話
前回までで、以下の図に示すようなデジタル対応顧客(デジタル化した顧客)の行動体験モデルを議論してきました。図の下の「デジタル行動」や「デジタル体験」がある顧客は、「デジタル対応顧客」と呼ぶとして考えてみよう、という議論になります。
今回は、上記のモデルをもとにして、デジタルの視点からカスタマージャーニーを考えてみます。というのも、これまでに議論してきたように、デジタル顧客かどうかを判別するための基準の例として、カスタマージャーニーが関わりそうだからです。
これまでの記事では『マーケティング5.0』での議論を参考に、デジタル顧客かどうかを判別するための基準を例として使い、上記のモデルの表現力を確認してきました。以下は、特に行動と体験に関わるとして考えている基準です。
・顧客がデジタルに精通しているかどうか。
・顧客がデジタルプラットフォームで取引しているかどうか。
・顧客が製品・サービスを消費または使用するときデジタル・インタフェースで接しているかどうか。
・顧客が行うカスタマー・ジャーニーが、全部または一部がオンラインで行われているかどうか。
・顧客が、デジタル・テクノロジーによって置き換えられ強化されたタッチポイントを体験しているかどうか。
そして、これらを「デジタル行動」と「デジタル体験」という上記のモデル要素で表現できるかを確かめてきました。しかし、5つ目と6つ目の項目は、他と少し抽象度が違うように思えます。
そこで、今回は、5つ目の項目のカスタマージャーニーの意味合いを、行動体験モデルをもとにして考えてみます。なお、6つ目のタッチポイントもカスタマージャーニーと関係しますが、今回は扱いません。
5Aカスタマージャーニーと顧客体験
まず、カスタマージャーニーと呼ばれるものの例を説明します。例として使うのは、コトラーらの5Aのカスタマージャーニーの枠組みです。
5Aは、『マーケティング5.0』でも議論されていますし、『マーケティング4.0』でも詳しく解説されているカスタマージャーニーの枠組みです。
カスタマージャーニーの枠組みには、古くはAIDAや、『マーケティング4.0』で議論されている4Aなどがあります。5Aは、4Aをアップデートたものであるとされます。
これらの枠組みでは、認知段階や行動段階といった、特定の意味のある段階として、顧客とブランドとの関わり合いが表現されます。
ただし、カスタマージャーニーの特定の枠組みとは関係なく、カスタマージャーニーが議論されることもあります。
たとえば『ヒットをつくる「調べ方」の教科書』では、カスタマージャーニーとは「ターゲットが商品やサービスの購買に至るまのでプロセス」であるとされています。例としては、ターゲット顧客(ペルソナ)が一日の時間でどのような行動を行うのかが図示されています。単に時間軸(7時から~19時半)で各種の行動(朝のニュースを読む、同僚とランチ等)がマッピングされています。
今回は5Aを例として考えます。
5Aの紹介の前に、顧客体験(CX)とカスタマージャーニーとの関係を見ておきます。
どうやら、カスタマージャーニーは、顧客体験と同時に議論されることがありそうです[1]。 5Aも、顧客体験との文脈で議論されています。むしろ、顧客体験が先にあります。
『マーケティング5.0』によると、顧客体験は、企業にとって、より大きな顧客価値を生み出し、提供するための新しい効果的な方法になっているとされます。これは、競争に勝つための鍵が、製品にあるのではなく、顧客が製品をどのように評価し、購入し、使用し、推奨するのかにある、ということからです。
顧客体験は、購入時の体験や顧客サービスだけを意味するのではなく、顧客が製品を購入するずっと前から始まっており、購入後もずっと続く、というのが、『マーケティング5.0』での捉え方です。
顧客体験は、顧客が製品に触れる可能性のあるすべてのタッチポイント(ブランドコミュニケーション、小売体験、販売員とのインタラクション、製品の使用、顧客サービス、他の顧客との会話など)を含んでいるとされます。
5Aは、これらのタッチポイントをマッピングして優れた顧客体験を生み出すための枠組みという位置づけになります。
5Aは、次の5つの要素(段階)で構成されるカスタマージャーニーです。この5Aは、顧客がデジタル世界で製品・サービスを購入、消費するときにたどる道筋を表します。次のように書かれています。
5つの要素は、以下となります。
・認知(aware):体験、広告、推奨によってブランドを知る。
・訴求(appeal):ブランドメッセージを処理し、特定のブランドに引き付けられる。
・調査(ask):好奇心に駆り立てられて、追加情報を調べる。
・行動(act):追加情報によって考えが強化され、どのブランドを購入、使用するかを決定する。
・推奨(advocate):時間とともにロイヤルティの感覚を育み、その感覚は推奨によって示される。
各要素は、段階、というように表現されます。認知段階、訴求段階、調査段階、行動段階、推奨段階です。
各段階については、次節で詳しく見ていきます。
行動体験モデルによる表現
前節では5Aを紹介しましたが、カスタマージャーニーの枠組みには、他にも様々なものがありえます。前節ではAIDAや4Aなどをそのような例として挙げました。
行動体験モデルの表現力が高ければ、様々なカスタマージャーニーやカスタマージャーニーの枠組みを表現できるかもしれません。もちろん、表現できるかどうかは、カスタマージャーニーとは何か、の定義によります。
ただし、本記事での議論として、一つ要件があります。それは、デジタル化された顧客かどうかを判別するための議論としては、表現されたカスタマージャーニーは、全部または一部がオンラインで行われているかどうか、という判別ができる構造になっていなければなりません。
構造的な観点から、5Aの説明をもとにすると、カスタマージャーニーは、次のようにとらえられそうです。
1.カスタマージャーニーは、顧客が製品・サービスを購入、消費するときにたどる道筋を表す。
2.カスタマージャーニーは、段階の要素に分解できる。
3.カスタマージャーニーは、顧客の行動の説明に使われる。
道筋の範囲(製品・サービスを購入、消費するとき)が少し限定的かもしれませんが、ひとまず、このようにとらえておきます。また、「道筋」と「顧客の行動」の関係に関しても、関係ありそうですが、このように分けて考えてみます。「顧客の行動」に関しては、定義がありませんので、必要に応じて解釈をしていきます。
行動体験モデルとの関係は次のようになると考えました。
ここでは、「行動」の要素が、「顧客の行動」を表すと考えました。そして、「行動」の要素がカスタマージャーニーも表すと考えていきます。
5Aに当てはめると次のようになります。
この節では、行動体験モデルでの「行動」要素のみを使って、5Aの各要素を表現できるかどうかを確認します。
行動に関わる要素の定義は以下となります。
・行動:何らかの行動。たとえば製品を使用する、カスタマーサポートに電話をかけるなど。どのような行動をとるのかは、「動機」や「評価結果」の影響を受ける。
・行動するかどうかの判断:ある行動をするかどうかの判断。「動機」や「行動するかどうかの判断材料」「評価結果」をもとに判断する。たとえば、この製品の価格についてもう少し調査するかどうかなど。
・行動するかどうかの判断結果:「行動するかどうかの判断」の結果。ここでは単に、する、しないの結果。
・行動するかどうかの判断材料:「ある行動をするかどうかの判断」をするにあたり、使うもの。たとえば、情報。
・体験(経験):「行動」した結果。たとえば、製品を使った、製品のことを調べるあたり製品の説明があるウェブサイトを読んだ、など。
定義としては、顧客が何かをする、というくらいの意味合いしかありません。プロセス、といってもいいかもしれません。なお、過去の記事では、行動の要素は合成や分解ができそうなことを議論しました。
したがって、行動の要素により5Aの各要素を表せるかを確認するときの観点は、各要素が顧客が何かをしていることとして捉えられるのか? というものになります。
・認知(aware):体験、広告、推奨によってブランドを知る。
より詳細には次のように書かれています。『マーケティング4.0』での記述の方が詳細なため、『マーケティング4.0』から引用します。
まず、『マーケティング4.0』では経験とありますが、『マーケティング5.0』では体験とあります。同じ、experience の訳語だと思われます。
次に、顧客の動きに関わる箇所を抜き出します。
1.顧客は、過去の経験により、ブランドを能動的に知らされる。
2.顧客は、マーケティング・コミュニケーションにより、ブランドを能動的に知らされる。
3.顧客は、他者の推奨から、ブランドを能動的に知らされる。
4.ブランドを過去に経験したことがある顧客は、当該ブランドを見分けることができる。
1つ目の、過去の経験というのは分かりにくいかもしれません。別の説明ではタッチポイントとして「過去の経験を思い出す」と記載されています。2つ目と3つ目もそれぞれ「たまたまブランドの広告に触れる」「他者からブランドのことを聞かさせる」とあります。
では、それぞれを「行動」として表せるでしょうか。わかりやすいものから順に見ていきます。
3.たまたまブランドの広告に触れる
ここでは、行動として表せないと考えました。自ら広告を知りたいという行動を取る場合もあるかもしれませんが、その場合は、すでにそのブランドを知っていることが前提となるためです。そして「知る」ための行動というのは、5Aの調査段階に当てはまると考えました。
結論としては、5Aに合わせて「認知」の要素を新たに作成してもよいのですが、認知よりも単純な表現である「知らされる」というプロセスとして表すことにします。このプロセスの結果は、「ブランドに関する情報」です。この情報にはブランドに関する様々なものが含まれるとします。たとえば、ブランド名であったり、価格、機能、広告に出ていた人物、色などの印象など様々なものが含まれるとします。
行動体験モデルを次のように拡張しました(左側)。
「ブランド広告」を「知らされる」ことで「ブランドに関する情報」が得られるとして表現しました。
これらの要素は、もともとある他の要素との直接的なつながりは作れていませんが、「行動」の要素の議論次第では組み込むことができるかもしれません。たとえば「ウェブ記事を読む」という行動に対して付随して「ブランド広告」を「知らされる」ことにより「ブランドに関する情報」を得る、というイメージです。
2.他者からブランドのことを聞かさせる
ここでは、行動として表せないと考えました。他者に対して自らブランドを知りたいという行動を取る場合は、すでにそのブランドを知っていることが前提となるためです。そして「知る」ための行動というのは、5Aの調査段階に当てはまると考えました。
広告と同じ「知らされる」というプロセスとして表すことにします。
行動体験モデルを次のように拡張しました(左側)。「他者からのブランド情報」の要素を追加しました。
1.過去の経験を思い出す
ここでは、行動として表せるかもしれませんが、行動とは別にした方が便利かもしれないと考えました。
「知らされる」とは別に「思い出す」という要素を作成したいと思います。このプロセスの結果は、「ブランドに関する情報」です。
行動体験モデルを次のように拡張しました(左側)。「思い出す」の要素を追加しました。このプロセスへの入力はいったん無しとしましたが、「記憶」の要素などが考えられます。
4.ブランドを過去に経験したことがある顧客は、当該ブランドを見分けることができる。
これに関しては、分析の対象外とします。見分けるという行為の意味合いがよくわからなかったためです。
続き
中編に続きます。
参考資料
[1] Asbjørn, Følstad, Knut, Kvale. Customer journeys: a systematic literature review, 2018
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