DXとマーケティングその43:デジタル時代の顧客・自社・競合
分析屋の下滝です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングとの関係を考えてくシリーズの43回目です。
ここ数回は、最近発売された『コトラーのマーケティング5.0』におけるDXとその他のDX書籍での方法論とがどのように関わり合うのかを分析しています。
DXが全社的な取り組みであるとした場合、その実行のプロセスには、整合性や一貫性が求められます。各DXの方法論において、マーケティング5.0がどのように関係するのかを分析することで、それら方法論にマーケティング5.0の考えを組み込めるかどうかを評価でき、その評価に基づき、適切な方法論を作りだせる可能性があります。
分析の最終的なアウトプットは、各方法論をベースに、マーケティング5.0の要素を組み込んだ新たな方法論となります。
今後の連載の議論の流れとしては以下を考えています。
1.マーケティング5.0におけるDXを確認する(第40回の内容)
2.これまでの連載で扱っていたDX関連書籍である『DX実行戦略』『デザインド・フォー・デジタル』『DXナビゲーター』との関係を分析していくにあたり、準備を行う(第41回の内容)。
3.各DX関連書籍での「DXの定義」と比較を行い、共通点や異なる点を明らかにする(第42回の内容)。
3.1.比較を行うにあたり、枠組みを定義する(今回の内容)。
4.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0でのDX」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。
5.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。
これまでの記事
これまでの連載記事に関しては以下の記事から確認できます。
おさらい:マーケティング5.0におけるDX
これまでのおさらいです。
まず、『コトラーのマーケティング5.0』においてDXについて触れられているのかどうかを確認しました。結果としては「デジタル変革」という言葉がありました。具体的な定義はありませんでしたが、どのように位置付けられているのかを確認しました。
『コトラーのマーケティング5.0』では、デジタル変革の意味合いとしては、「自社のデジタル能力を構築すること」、あるいは、「自社をデジタル化すること」、といった使われ方であると解釈しました。そして、デジタル変革は、マーケティング5.0の必要条件であると位置づけられていることも確認しました。
最後に、「自社のデジタル能力を構築すること」とは具体的にどのようなことを意味するのかを整理しました。
以下、全体感を掴むために『マーケティング5.0』の目次をもとに概要を説明します。『マーケティング5.0』は、以下の図のような構成になっています。
・第1部:序論
・第2部:課題
・第3部:戦略
・第4部:戦術
という流れです。
第1部では、マーケティング5.0の背景や概要が述べられています。
第2部では、デジタル世界でマーケティング5.0を実行するときにマーケターが直面する課題が議論されています。課題は、世代間ギャップ、富の二極化、デジタル・デバイドの3つです。
第3部は、戦略に関わる内容であり、マーケターが技術の戦術的利用(戦術に関しては第4部に対応)を検討する前に適切な基盤を得るのに役立つとされることが議論されています。以下の三つの章で構成されます。
・デジタル化への準備度が高い組織:企業が高度なデジタルツールを利用するための自社の準備度を評価する助けになる。
・ネクスト・テクノロジー:ネクスト・テクノロジーに関する初歩的な内容を含んでおり、マーケターがネクスト・テクノロジーを理解する助けになる。
・新しい顧客体験:新しい顧客体験の創出で実績のある様々な事例について検討がされる。
「デジタル変革」という言葉は、1つ目の「デジタル化への準備度が高い組織」の第5章で使われています。この章では、デジタル変革という言葉は、「デジタル化」や「組織」と関係のある文脈で使われます。なお、デジタル化や組織といった概念は、他のDX書籍でも主要な対象として議論されますので、おかしなことでは無さそうです。
第4部は、戦術に対応する部分となります。マーケティング5.0の構成要素5つがそれぞれ議論されています。
これまでの記事では、マーケティング5.0と関係する要素を含めて、次の図のように整理を行いました。
マーケティング5.0の例としては次のようなものがあげられています。
・バックオフィス業務に関するもの
・機械学習により、新製品の成功確率を予測する
・AIで購買パターンを明らかにして、特定の顧客集団に基づいて適切な製品やプロモーションをレコメンドする。
・広告のコピーをAIに書かせる
・顧客対応に関するもの
・顧客サービス用のチャットボット
・AI搭載型ロボットによるコーヒーの給仕(ネスレ)
・小売店における顔検知スクリーンにより、買い物客のデモグラフィック属性を推定して適切なプロモーションを行う
・ARにより買い物客が購入を決める前に製品を試せるようにする
第5章:デジタル化への準備度が高い組織
次に「デジタル変革」に関わるのは第5章ですので、以下の図に第5章の概要を示します。
この章では、以下の図のように、二つの軸として、4象限の状態をもとに議論がされています。
・「顧客のデジタル化への準備度」
・「企業(自社)のデジタル化への準備度」
企業は、この2軸での自社の準備度の評価を行い、自社がどの象限にいるのかを把握します。象限にはそれぞれ、オリジン、オーガニック、オンワード、オムニの名前は付けられています。
企業は、最終的には右上のオムニ象限に到達したいというのがマーケティング5.0での前提とされます。
自社がどの象限にいるのかをもとに、取るべき戦略が決まるというのが、マーケティング5.0での考えです。マーケティング5.0では、上記の図に示すように3つの戦略が議論されています。
1.デジタル能力を構築する戦略
2.顧客をデジタル・チャネルに移行させる戦略
3.デジタル・リーダーシップを強化する戦略
デジタル変革に関係するのは、1つ目の「デジタル能力を構築する戦略」です。
デジタル能力を構築する戦略は「オリジン」象限または「オーガニック」象限にいる企業がとる戦略とされます。図では、「デジタル能力を構築する」は「オリジン(左下)」から「オンワード(左上)」からの矢印だけですが、「オーガニック(右下)」から「オムニ(右上)」への意味も含みます。
デジタル能力を構築する戦略での課題は、つまり、「オリジン」象限や「オーガニック」象限に入る企業にとっての課題は、「デジタル化した顧客のニーズに対応する能力を築くことである」とされています。
最終的には右上のオムニ象限に到達する前提であるため、戦略を実行しながらオムニ象限に到達するルートは二つが考えられます。現実的には、同時進行もあるかもしれません。
4象限の図は、「顧客のデジタル化への準備度」と「企業(自社)のデジタル化への準備度」の二つの軸で構成されていると述べました。「企業のデジタル化への準備度」が低いか高いかを評価する基準の大枠は以下です。
・デジタルな顧客体験を開発できているかどうか
・デジタル・インフラに投資できているかどうか
・デジタルな組織を確立できているかどうか
これまでの記事では、これらの基準を満たすように戦略が実行されたとすると次の図に示すような準備が整っているとして整理を行いました。
次の論点に進みます。
デジタル能力を構築する戦略での課題は、「デジタル化した顧客のニーズに対応する能力を築くことである」であると述べました。
ここでいう「デジタル化した顧客のニーズ」とは、「顧客のデジタル化への準備度」の評価に関係すると思われます。「顧客のデジタル化への準備度」は、「企業(自社)のデジタル化への準備度」と同じく大きく3つの項目で整理されています。
・デジタル顧客基盤
・デジタル・カスタマー・ジャーニー
・顧客のデジタル化傾向
詳しくは過去の記事を参照してください。
すでに述べたように、右上のオムニ象限に到達することが前提とされているため、先に「顧客のデジタル化への準備度」ができているなら、それに応えるというのが、「デジタル化した顧客のニーズに対応する能力を築くことである」と解釈しました。
前回の話:DXの定義の比較
前回は、マーケティング5.0でのDXとDX実行戦略でのDXの位置付けや定義を見比べ、どんな違いがあるのかを特定しました。
これまで述べてきたように、マーケティング5.0でのDXは「デジタル能力を構築する」という戦略に対応すると捉えています。そして、この戦略がどのような課題解決を目的するのかをもとに、DX書籍の一つである『DX実行戦略』を具体例として取り上げ、DXの定義を見比べました。以下の図に、それぞれの要素を示しています。
上記の要素をもとに、具体的には、以下の4つの違いを特定しました。
1.「対応する能力を築くこと」と「業績を改善すること」の違い
2.「デジタル化した顧客のニーズ」を対象としているかどうか
3.「組織を変化」を対象としているかどうか
4.「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いる」を対象としてるかどうか
これらの違いを一つずつ分析していくことが今後の議論の流れとなります。まず項目2を対象に分析していきます。
今回の話:デジタル時代の顧客・自社・競合・技術
今回は、顧客をどのように位置付けているかという視点で、『マーケティング5.0』と『DX実行戦略』とでどのような違いがあるのかを確認していくにあたり、まず、枠組みを議論したいと思います。というのも、顧客だけでなく、顧客との関わりのある要素を議論する方が良さそうだと思えたためです。
『マーケティング5.0』あるいは、より一般的に、マーケティングそのものは、顧客が期待する製品やサービスを提供する、ということにあるといえそうです。別の視点としては、競合他社との競争の視点も考えられます。顧客が期待するものを提供できなければ競争に負けると考えられます。さらに、顧客の期待に応えるためには、自社がそのための組織的な能力を備えている必要がある、というのももう一つの視点と言えそうです。
これは、よくいわれる3Cの視点と言えるかもしれません。以降の議論では、本来の3Cの枠組みにはあまり拘らず、次の図のような表現を使って考えていきます。
この図では、「顧客」「自社」「競合」の要素からなる関係を表しています。「自社」の定義は、比較的明確ですが、「顧客」や「競合」の定義はもう少し必要かもしれません。ここでの顧客は、市場と考えたほうが良いかもしれません。自社にとっての既存顧客や潜在的な顧客、離反した顧客が含まれます。
もう少しこの図に要素を追加してみます。「製品・サービス」と「組織能力」の要素を追加しました。「組織能力」には、「製品・サービス」を提供するために必要となるような、人やインフラ、データなど様々なものを含むとここでは考えます。
・「顧客」は、「製品・サービス」が、顧客にとっての課題を解決することを期待して「製品・サービス」を購入し、使用します。
・「自社」や「競合」は、「顧客」の期待に応えるために、「製品・サービス」を開発します。
・「自社」や「競合」は、「製品・サービス」を開発するための「組織能力」を備えている必要があり、その能力の構築が必要だと考えられます。
次に、DXの視点から考えます。
DXの領域は、自社の組織能力により焦点を当てているように思えます。競争に勝つためには、自社の組織変革が必要であるという視点です。特に、デジタル技術とデジタルビジネスモデルを駆使し、市場での競争関係に変化をもたらすデジタル・ディスラプターとの競争に関係します。この競争における、従来企業における組織変革の難しさに焦点がありそうです。デジタル・ディスラプターが驚異となるのは、まさに顧客中心であること、つまり、顧客が期待するものを提供するためです。そして、DXの観点では、顧客自体もデジタル化を期待します。
キーワードはデジタルの出現です。ここで、デジタルやデジタル技術とは何かの定義はここではあまり拘らないでおきます。
DXの分野の要素を考慮するために、先程の図を「デジタル対応化」された視点で表すと次のような図になると考えました。3DCと呼んでも良いかもしれません。「デジタル対応」の定義はもう少し深く考える必要があります。「デジタル適応」でも良いかもしれません。
ここでは、自社が「デジタル対応」できているとは、「デジタル製品・サービス」を提供できており、提供するための「デジタル組織能力」を構築できていることを意味します。もちろん、提供や能力には段階や程度があると考えられます。
上記の図に、もう少し要素を追加しました。「デジタル技術」と「デジタルビジネスモデル」です。各要素の定義や、要素間の関係の定義は、もう少し深く考える必要があります。
最初の単純な3Cの図から、いくつかの要素やデジタルに関わる要素を追加・変更しましたが、デジタルを無くした図は以下になります。
2つの図の関係は、非デジタルからデジタルへの変化と言えそうです。もちろん、中身が完全にデジタルのみになるわけではありません。段階的な変化が考えられます。割合が変わると言っても良いかもしれません。
変化は、各要素で発生します。
ここからは、以上で議論した枠組みを使って議論していきます。
『マーケティング5.0』では、マーケティング5.0は、世代間ギャップ、富の二極化、デジタル・ディバイトの三つの課題を背景にしているとされます。『マーケティング5.0』では、デジタルが中心となった世界での競争相手のことや、その競争に勝つための組織変革の難しさは取り上げられていません。あくまで、三つの課題を背景とする顧客に対するマーケティングのあり方を説明するものと読めます。そして、近年可能となったデジタル技術がマーケティングを強化できるというものです。
三つの課題に関しての詳細な議論は、今後の記事で行います。
では、『マーケティング5.0』での上記の流れをどのように枠組みで表現できるでしょうか。の次の図に示すように、顧客のデジタル対応化の変化が発生し、その変化に適応するように自社のデジタル対応化が発生するとここでは表現しました。
さらに、顧客、自社以外の要素も加えて表してみます。図(a)から(b)への変化を表しています。
続いて、DXの領域を、枠組みを使って表現してみます。『マーケティング5.0』との違いは、競合の存在です。ここでは、(a) 顧客のデジタル対応化 (b) 競合のデジタル対応化 (c) 自社のデジタル対応化の、a -> b -> c の流れが基本的にはあると考えました。
図が乱雑になるため「製品・サービス」といった他の要素は表現していませんが、『マーケティング5.0』の場合と同様の表現となります。
『マーケティング5.0』とDXの領域の違いを、それぞれもう少し簡略化して表現すると次のようになります。
以下の図に、この枠組みを使って、マーケティング5.0でのDXの定義と、『DX実行戦略』でのDXの定義がそれぞれどの要素と関係するのかを表しました。「業績を改善すること」は、表現しきれなそうな要素となりそうです。
次回は、今回議論した枠組みをベースとして、顧客をどのように位置付けているかという視点で、『マーケティング5.0』と『DX実行戦略』とでどのような違いがあるのかを確認していきます。
まとめ
今回は、マーケティング5.0でのDXと各DX書籍でのDXの定義を比較していくにあたり、両領域を表現できるような枠組みを考えました。
この枠組みは、「顧客」、「自社」、「競合」の3つ要素とそれらの間の関係から構成されます。また、デジタルの存在が、各要素をデジタル対応した要素として変化させることも表現します。
マーケティング5.0でのDX領域との違いは、マーケティング5.0が顧客のデジタル対応する変化に適応できるように自社を変化させるのに対して、DX領域では、顧客の変化に適応して変化するのは競合が先であり、その変化した競合に勝つために自社が変化するということにあると考えました。
次回は、今回の枠組みの「顧客」の要素の定義を詳しく行います。続きはこちら。
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