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DXとマーケティングその23:デジタルサービスの開発とカスタマーインサイト

分析屋の下滝です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングの関係を考えてくシリーズの第23回目です。

今回は、DX書籍の一つである『デザインドフォー・デジタル』の続きを行いたいと思います。

今回は、デジタルサービス開発におけるカスタマーインサイトの位置づけと、マーケティングにおけるカスタマーインサイトの位置づけとの関係を見ていきます。

これまでの記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。
第9回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍におけるマーケティング定義を確認しました。
第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
第11回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのマネジメントプロセスの関係性を見ました。
第12回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのプランニングプロセスの関係性を見ました。

DXと経営篇
第14回はこちら。DXと経営との関係付けの準備を行いました。
第15回はこちら。DXと事業の定義がどのように関係するのかをみました。
第16回はこちら。DXと「われわれの事業は何になるか」と「われわれの事業は何であるべきか」がどのように関係するのかをみました。
第17回はこちら。DXの背景を整理しました。
第18回はこちら。DXの背景と「顧客は誰か」との関係を整理しました。
第19回はこちら。DXの背景と「顧客はどこにいるか」との関係を整理しました。
第20回はこちら。DXの背景と「顧客は何を買うのか」との関係を整理しました。

デザインドフォー・デジタル篇
第13回はこちら。『デザインドフォー・デジタル』というDXの書籍をもとにDXとマーケティングの関係をみました。
第21回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングの関係を指摘しました。
第22回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでの新製品開発との関係を整理しました。

おさらい:デザインドフォー・デジタルでのDX

以下の図は、『デザインドフォー・デジタル』でのDXの概念を整理したものです。青色がDXでの概念、赤色がマーケティングでの概念です。

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デジタル対応化ができる企業になれば、イノベーティブなデジタルサービスを開発できるようになり、そのデジタルサービスは、より高度なバリュープロポジション(顧客への価値提案)を実現できるものだとされます。

DXは、このデジタル対応化に向けての取り組みです。この取り組みは、ビルディングブロックと呼ばれる組織能力を構築することで、得られます。ビルディングブロックは5つあり、各ビルディングは、「人材」、「プロセス」、「技術」の変化をもたらすものとされます。

今回の記事では、ビルディングブロックの一つである、「シェアード・カスタマーインサイト」を扱います。

「シェアード・カスタマーインサイト」は、デジタルサービス開発におけるプロセスのあり方を扱うようなものです。顧客に関する理解、理解の蓄積と共有といったものも関わります。

おさらい:シェアードカスタマーインサイトの構成要素

以下の図に、シェアード・カスタマーインサイトの構成要素を示します。

dfd_シェアード

『デザインドフォー・デジタル』でのニュアンスを拾いきれているわけではありませんが、整理してみたものになります。

本文でどのように書かれているのかは、過去の記事を参照してください。

基本的には、顧客のニーズに応えられるデジタルサービスをいかに開発していくか、ということになりそうです。

開発プロセス:デジタルサービスの開発は、実験的に何度も行いながら、デジタル技術が可能にするソリューションと顧客ニーズが重なり合う部分を見つけるというアプローチを取ります。

実験では、カスタマージャーニーマップといった顧客を理解するための手法や、外部パートナーや顧客自体の参加、アイデアを募るための仕組みといったのが使われます。

ビジョン:実験においては、ビジョンを定義しておくことは、どのような実験を新たに実施するのか、実験結果の評価基準をどうするのか、という疑問に答える上で役に立ちます。ビジョンは例えば「スマート・エネルギーマネジメント・ソリューションを提供する」や「低コストでヘルスケアの成功を高める」といったものです。

また、ビジョン自体も実験結果により進化していきます。

業務プロセス:実験の際に、顧客の理解や技術の学びが得られます。この学びを蓄積し、社内で共有する必要があります。共有が必要なのは、同じような実験が行われないようにするためです。

組織体制:組織体制としても新しい試みが必要となります。
・IT部門やマーケティング部門等が、製品開発の初期から参加するといった機能横断型のチーム
・実験からの学びを社内に共有・拡散することを目的とした部門

デジタルサービスの開発とカスタマーインサイト

シェアード・カスタマーインサイトの特徴の一つは、実験結果を蓄積し、社内で共有・拡散する活動の必要性とそのための部門の必要性が指摘されている点のように思われます。

前回の記事では、シェアード・カスタマーインサイトをデジタルサービスの開発の一種としてとらえ、マーケティングにおける新製品開発プロセスと関係づけました。

dfd_新製品

そこでは似ている点はありましたが、少し違う点もありました。

マーケティングにおける新製品開発と似ていたのは以下でした。
1.顧客中心の姿勢:新製品の開発プロセスにおいて、顧客の存在が大きな役割を持ちます。顧客がプロセスに参加することがあげられます。
2.チーム型の製品開発:新製品開発のプロセスの初期段階から、関連する様々な部門の人材が参画します。

新製品開発において書かれていなかったのは以下となります。
1.実験的な開発プロセス
2.実験を支えるビジョンの設定
3.顧客に関して分かったことを、蓄積し、社内で共有・拡散する活動
4.その活動を行う専門の部門の存在

今回の記事では、3つ目と4つ目に着目します。というのもの、企業において、得られたカスタマーインサイトをどのように扱うのかは、マーケティング領域においても関心事であると考えられるためです。

では、マーケティングにおいては、カスタマーインサイトは、社内に蓄積され、社内で共有・拡散されることに関して、何も言及されていないのでしょうか。

『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』の書籍では、次のような記述があります。「マーケティング情報とカスタマー・インサイト」という章の冒頭からです。

本章では、いかにして市場の潜在的なニーズを掘り起こしていくかについて考えていこう。企業は顧客、競合他社、製品といった重要な情報を、どのように抽出し管理しているのだろうか。今日の市場で成功を収めるためには、山のようなマーケティング情報を鮮度の高いカスタマー・インサイトとへと変える術を知り、より大きな価値を顧客にもたらす一助として活用しなくてはならない。
 まずは、優れたマーケティング・リサーチとカスタマー・インサイトを実現している例として、P&Gを見てみよう。P&Gといえば、世界最大の企業の一つであり、マーケティングに長けていることで有名だ。ファブリーズ、パンパース、プリングルズ、パンテーンなど、数多くの消費財ブランドを市場に送り出し、日本ではSK-IIなどの製品でも知られている。
 同社の目標は、「世界の消費者の生活を向上させる」製品を提供することである。その言葉どおり、P&Gが生み出す製品は消費者の抱える問題を解決することで、消費者が求める価値を生み出している。だが、顧客との間に強固な絆を構築したいなら、顧客自身を理解しなければならない。そこで欠かせないのがマーケティング・リサーチである。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.110

ここでは、マーケティング情報、カスタマー・インサイト、マーケティング・リサーチ、顧客の理解がキーワードとされていそうです。

また、顧客自身を理解するには、マーケティングリサーチが必要とされています。

カスタマー・インサイトに関しては、ここでは定義されていませんが後に「顧客についての深い洞察」とされています。

とりあえずの関係を以下の図に整理しました。より詳細なものは、今後の記事で見ていきます。

カスタマーインサイト

さきほどの冒頭では、インサイトの蓄積と社内での共有・拡散や、そのような活動を行う専門の部門に関しては、何も書かれていませんが、今後の記事で見ていきます。文中での「企業は顧客、競合他社、製品といった重要な情報を、どのように抽出し管理しているのだろうか。」が当てはまるかもしれません。

P&Gの例は、製品としては消費財となるので、デジタルサービスではありませんが、シェアード・カスタマーインサイトにおいても、顧客ニーズをいかにして知っていくことが議論されています。

以降では、P&Gの事例を詳しく見てみます。

P&Gの事例

「顧客価値を創造する」。「顧客との間に強固な絆を構築する」。なんとも高尚な目標に思えるかもしれない。衣料用洗剤、シャンプー、歯磨き、紙おむつといった日用品を扱うP&Gのような企業にとっては、なおさらそうだろう。だが実際、P&Gは顧客と衣料用洗剤を強い絆で結びつけることに成功している。その実現につながっているのが、顧客をきちんと知ろうとする姿勢である。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.111

顧客をきちんと知ろうとする姿勢が大切だと書かれています。

60年以上も前、従来の石鹸洗剤に代わる初の合成洗剤として、P&Gの「タイド」がアメリカ市場に登場した。タイドで洗えば、衣類の汚れは実によく落ちる。マーケターは、機能的に卓越した洗剤としてタイドを位置づけ、洗濯前後を比較する強烈な宣伝を打ってきた。しかし、消費者にとってのタイドはジーンズの汚れを落とすだけの存在ではなかった。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.111

続けます。

数年前、タイドのマーケティングチームは、女性が洗濯に対してどのような気持ちを抱いているのか詳しく調べた。調査は、意見を聞いてみたい特定の顧客を集めた通常のインタビュー(フォーカス・グループ)やマーケティング・リサーチにとどまらなかった。マーケティング担当役員や長年同社の宣伝を引き受けてきた広告会社サーチ・アンド・サーチが加わって、より深いレベルまで調査が行われた。担当者たちは、2週間にわたって消費者に密着し、ミズーリ州カンザスシティとノースカロライナ州シャーロットに住む女性たちの仕事、買物、家事を追った。さらに、自分にとって大切なものについて話し合うディスカッションにも同席した。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.111

顧客を知るためのプロセスという感じでしょうか。

・女性が洗濯に対してどのような気持ちを抱いているのか詳しく調べた。
・2週間にわたって女性たちの仕事、買物、家事を追った。
・自分にとって大切なものについて話し合うディスカッションを行った。

あるマーケティング担当役員は、「かなり深く、個人的なレベルにまで話はおよびました。彼女たちにとって洗濯とは何かを知りたかったからです」と語っている。サーチ・アンド・サーチのストラテジストも、次のように続けた。「この調査が非常に意義深かったのは、消費者と洗濯方法についての話をしたわけではないという点です。彼女たちの人生について、何を求めているのか、女性としてどう感じているのか、そんなことを話し合いました。その結果、これまでは触れたこともなかった深い思いを知りえたのです。」
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, pp.111-112

続けます。

この調査によって、タイドの担当者たちは注目すべき消費者のインサイトを得た。女性の衣類に対する思いは、かなり特別だとわかったのだ。例えば、「大柄で離婚経験のある女性は、『絶対はずさない(一番セクシー)な服』を着たら、ボーイフレンドが思わず口笛を吹いたの、と嬉しそうに語った」という。P&Gの報告書には、次のような記述がある。「女性が衣服やファブリック(布製品)を大切にするのは、さまざまな感情や思い出が詰まっているからである。ジーンズからシーツまで、女性はファブリックの力を借りて個性を表現し、女性としてのさまざまな面を見せている」。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.112

今回のプロセスにおいて、何が得られたのか。
・タイドの担当者たちは注目すべき消費者のインサイトを得た。女性の衣類に対する思いは、かなり特別だとわかった。

続けます。

タイドのマーケティングチームは、自分たちが生み出す製品が女性の洗濯の悩みを解決する以上の存在になると確信した。何といっても、タイドは女性の人生に影響を与えるファブリックを変えることができる。そこで、P&Gとサーチ・アンド・サーチは「ファブリックのことならタイドにおまかせ」というテーマを設定し、のちに栄えある賞に輝く広告キャンペーンを展開した。味気ないデモンストレーションや使用前後の比較ばかりだった従来の広告とは違い、新しい広告キャンペーンは視覚的イメージに富み、消費者の感情に訴えるものであった。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.112

上記の記述では、インサイトが何に使われたのかという点に着目することは意味があるかもしれません。この事例では、インサイトは、広告キャンペーンを新しくするのに使われました。一方で、シェアード・カスタマーインサイトでは、デジタルサービスを開発するためにインサイトが活用されていました。そういう意味では、マーケティングにけるインサイトの活用は、DXよりも広いと見なせるかもしれません。

dfd_カスタマーインサイト

また、どのプロセスで得られるインサイトなのか、という区別もできるかもしれません。

カスタマーインサイトプロセス

続けます。

あるTVCMでは、妊娠中の女性がシャツにアイスクリームを落としてしまう。他にはもう着るものがない。だが、漂白剤入りタイドのおかげで汚れは落ち、「どんなに食べたいものがあっても、あなたの洋服は大丈夫」と続く。また、最近の広告キャンペーンでは「スタイルはオプション、でも清潔さはゆずれない」と謳い、タイドの強力な洗浄力をスタイルや自己主張と結びつけている。ここで最初の質問に戻ろう。顧客と衣料用洗剤の間に、強い絆など築けるのだろうか。答えは、可能どころではなく、必要不可欠である。そして、強い絆を構築するには、顧客との関係の本質を理解し、顧客にとっての真の価値を創造することに努めなければならない。製品やマーケティング・プログラムだけでなく、顧客ニーズやブランド経験にも着目したマーケティング調査が求められる。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.112

続けます。

(省略)
タイドの事例が示すように、優れた製品もマーケティングの計画も、優れた顧客情報から始まる。競合他社や小売業者など、市場におけるさまざまな関係者や要因についても同様に、大量の情報が必要である。だが、マーケターに求められているのは単なる情報収集ではない。情報を利用して、顧客なマーケットの深層心理や潜在的ニーズを知ることなのである。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, p.112

事例の話はここで終わりです。インサイトの蓄積と社内での共有・拡散、そのための組織体制に関しては、特に言及されていませんでした。この章では、もう少し幅広く扱われていますので、次回以降の記事で調べていきます。

まとめ

今回は、マーケティングにおけるカスタマーインサイトとマーケティングリサーチのとっかかりとして、P&Gの事例を見ました。

P&Gの事例では、得られたカスタマーインサイトは、新たな広告キャンペーンのために活用されました。一方で、シェアード・カスタマーインサイトでは、インサイトは、デジタルサービスの開発のために利用されます。そういう意味では、マーケティングにおけるインサイト活用の範囲はDXよりも広いと考えられそうです。

P&Gの事例では、シェアード・カスタマーインサイトで必要とされる次のことは言及されていませんでした。
1.顧客に関して分かったこと(インサイト)を、蓄積し、社内で共有・拡散する活動
2.その活動を行う専門の部門の存在

次回は、マーケティング情報の管理とマーケティングリサーチというトピックを見ながら、シェアード・カスタマーインサイトとの関係をさらに詳しく見ていきます。続きはこちら

これまでの記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
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DXと経営篇
第14回はこちら。DXと経営との関係付けの準備を行いました。
第15回はこちら。DXと事業の定義がどのように関係するのかをみました。
第16回はこちら。DXと「われわれの事業は何になるか」と「われわれの事業は何であるべきか」がどのように関係するのかをみました。
第17回はこちら。DXの背景を整理しました。
第18回はこちら。DXの背景と「顧客は誰か」との関係を整理しました。
第19回はこちら。DXの背景と「顧客はどこにいるか」との関係を整理しました。
第20回はこちら。DXの背景と「顧客は何を買うのか」との関係を整理しました。

デザインドフォー・デジタル篇
第13回はこちら。『デザインドフォー・デジタル』というDXの書籍をもとにDXとマーケティングの関係をみました。
第21回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングの関係を指摘しました。
第22回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでの新製品開発との関係を整理しました。

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