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西夏文字を辞書で引こう:西夏文字版「四角号碼」(しかくごうま)ガイド(前編)

 現在すすめている西夏語公開自主ゼミで、字形から西夏文字を引く方法として四角号碼(しかくごうま)に言及しました。
 漢字の四角号碼の解説は故・植田真理子氏のウェブサイト「青蛙亭漢語塾」の四角号碼入門で詳しく丁寧に解説されていますし、西夏文字の四角号碼についてはJerry氏のウェブサイト「古今文字集成」の四角號碼檢字法 | 西夏文 | 古今文字集成の非常に分かりやすい説明で、もう十分かと思います。もう私が補足するべきことはないと考えました。
 ですが、日本語による西夏語の四角号碼の説明は、管見の限りにおいて存在しません。初学者の一助になることも或いはあるかもしれないと思い、記事を書くことにしました。記事は前編と後編に分け、前編は仕組みの説明を行い、後編は「実践編」として実際に西夏文字をコード化してみせる、という形にします。
 文体もあまり固くならないように気をつけてみます。また、西夏文字を記事中で使っていますが、西夏文字が表示できない環境でも読めるように書いています。


四角号碼(しかくごうま)とは?

 簡単に説明すると、四角号碼とは「漢字の四隅(プラスアルファ)の形を数字に置き換えることで漢字をコード化したもの」です。
 漢字は複雑な形をしているので、字全体の形や、様々なパーツの組み合わせなどを言葉で説明するのは難しいです。ただ、何千、何万とあるたくさんの漢字にも共通点があります。それは「四角い」という性質です。もう少しきちんというと、「一つの字を書くマス目は同じ大きさ」という点で、どの漢字も平等なのです。
 例えば「一」のような単純な字も、「龍」や「警」のような画数の多い字も、同じ1字であり、幅や広さが共通の四角いスペースが与えられています。

 この性質に注目して、「漢字が入った四角いスペースの隅っこに、どんな筆画(字の点や線)が書かれているか」を整理してまとめたら、楽にその字を辞書で探せるのではないか、と考えたわけです。例えば、なべぶた(例えば「立」のはじめの2画)なら「0」、横画なら「1」、縦画なら「2」、点や右はらいなら「3」、十字やバツ印のように2本の筆画が交わるなら「4」といった具合に、0から9までの数字に置き換えることにして、漢字の大まかな形を数字で表します。つまり、字形を数字でコード化しているのです。これが四角号碼という方法です。
 「そもそも、なべぶたが0だとか横画が1だとか、いったい何の根拠があるの?」と思われるかもしれません。はっきり言ってしまうと、「漢字の専門家があれこれ試した結果、そう決めるとうまくいくと分かったから」です。ひょっとしたら他にも良い決め方があるのかもしれません。ただ、実際にうまくいっている四角号碼がもう既に広まっているので、今もみんながそれを使い続けているということです。

西夏文字のかんたんな説明

 さて、西夏文字について簡単に説明しておきます。高校で世界史を選択すると「西夏」(1038年建国、1227年滅亡)という東アジアの国名を習うことになるでしょう。その西夏で使われた言葉(西夏語)を書くための文字として、1036年に公布されたのが西夏文字です。ちょうど日本では藤原頼通が政治の実権を握っていた時代です。
 当時の東アジアで「漢字ではない文字を作る」ということは大きな意味がありました。ひとまず、今は「西夏文字は漢字の仕組みを参考にして創られたが、ひとつひとつの西夏文字の形は漢字と全然似ていない」ということだけ押さえておけばOKです。

西夏文字と漢字は、仕組みは似ているが形は似ていない

字形のコード化方法:筆画と数字の対応関係

 西夏文字も「どんな字にも平等に四角いスペースが与えられている」という性質があります。これは漢字と同じです。漢字を参考にして創った文字なので、似ている点があるのは不思議ではありません。
 そこで、漢字のために生まれた四角号碼の考え方を、西夏文字にも当てはめたら便利なんじゃあないか、と考えた人がいました。それが李範文という中国の研究者です。1997年に出た『夏漢字典』という辞書で初めて使われました。

 ただ、西夏文字は漢字ではありません。なので、漢字の四角号碼の仕組みをそのまま西夏文字に使うとなかなかうまくいきません。

 西夏文字の四角号碼では、「四隅の筆画を数字に置き換える」という原則はそのままにしつつ、筆画と数字との対応関係を新しく決めることにしました。後で、画像付きで具体例を挙げますので、先に言葉で説明します。
 まず漢字では「0」と対応していた「なべぶた」は、西夏文字ではそこまで多くありません。そこで、「0」を具体的な筆画と対応させる方法は取りやめとなりました。「0」の使い方は後で説明します。
 横画なら「1」です。漢字の四角号碼と同じです。「礼」の右下のような、縦から横にグッと曲がってハネた筆画も「1」扱いです。
 縦画なら「2」です。これも漢字の四角号碼と同じです。「仁」の左上のような左払いも「2」です。
 点や右はらいなら「3」です。西夏文字の「なべぶた」は、取っ手の部分を「3」と解釈することになりました。
 2本の筆画が交差して+や×のようになっていたり、1本の横画が2本の縦画を貫いていたりしたら「4」です。ちょっと複雑ですね。
 1本の横画が3本の縦画を貫いていたり、1本の縦画が2本以上の横画を貫いていたりしたら「5」です。「5」もちょっと複雑です。
 1本の横画が4本の縦画を貫いていたり、1本の縦画が4本の横画を貫いていたりしたら「6」です。縦画も横画も同じ条件なので分かりやすいです。
 かどができていたら「7」です。1本の筆画が折れ曲がったものでも良いですし、2本の筆画がくっついて角を作っていても良いです。
 2本の筆画が漢字の「八」と似た形になっているものは「8」です。
 3本の筆画が漢字の「小」と似た形になっているものは「9」です。

 以上のように、1から9の数字を使って筆画をコード化します。そして、四隅のコードを4桁の数字として扱います。
 ただ、西夏文字は似た形の字が多いので、補助的コードとして2桁の数字を取ります。具体的には、「左下隅のすぐ右」と「右下隅のすぐ左」の筆画を、上のルールに従ってコード化した数字を、それぞれ5桁目、6桁目とするという方法を使います。
 なお、西夏文字の四角号碼は、辞書同士の間で少し違いがあります。これについては最後にまとめて述べます。以下、基本的に李範文先生の『簡明夏漢字典』にもとづいて説明します。

【具体例】筆画と数字の対応関係

 次は図を使って説明します。

コード「1」

 まず「1」の具体例を見ましょう:

𗕚「万」
𘝹「抱擁する」

 𗕚「万」という字の左上は横画なので、「1」です。「でも1画目って、カタカナの“コ”みたいに折れ曲がってるけどいいの?」と思った方はとても鋭いです。理屈から言えば、この第1画は純粋な横画ではありません。しかし四角号碼は、字の形をある程度柔軟に捉えようとするので、これも横画の一種ということにしてしまうのです。右下の筆画も「はねていることや、縦画から始まっていることについては無視」ということにしています。
 もう一つの例として、四隅が全て「1」の字として𘝹「抱擁する」もご紹介しておきました。

コード「2」

 つぎは「2」の具体例(𗏇「字」)です:

𗏇「字」

 𗏇「字」は、左上が左はらいなので「2」。右上は縦画が1本スッと伸びているので「2」。左下は左はらいなので「2」。ということで四隅のうち3か所が「2」です。では右下は? 先ほど見た「1」ですね。
 次の例は𘜑「波」です:

𘜑「波」

 左下は「2」です。右側がウネウネしていて、一見、どうしたものか困りそうですが、右下では左はらいなので「2」です。
 ちなみに、左上は「1」、右上は「1」ではなく「7」です。

コード「3」

 「3」は点や右はらいですが、様々な筆画が「点」扱いされるので注意が必要です。まず「なべぶた」の例として𘋌「縫う」を見てみましょう:

𘋌「縫う」

 漢字ではコード「0」が与えられていた「なべぶた」は、西夏文字では独立した地位を失ってしまいました。先ほど説明したように、「なべの取っ手部分のところを点と見なしてしまえ」という話になったのでした。ただ、「いや、この取っ手は点じゃあなくて短い縦画では?」と疑問を感ずる方もいらっしゃるかもしれません。もっともなことです。ですが四角号碼はあくまでも字の形を大まかに捉えることが目的なので、どこかでエイヤッと主観的に分けてやらないといけないわけです。

 𗬒「長子」のように、点がひとつ右上にポツンと出てくる例もあります:

𗬒「長子」(一番年上の子)

 𘉑「3人称単数」のように点が2つの例もありますが、これも「3」です(ただし『西夏文字典』は、左はらいの筆画を右上とみなして「2」とコード化します):

𘉑「3人称単数」

 𗍘「蝶」(本当は2文字で1語ですが)は右払いが右下隅にあると解釈されます。なお、この字の右上は左払い、つまり「2」と見なされます。慣れないとちょっと難しいですね:

𗍘「蝶」

コード「4~6」

 「4」は「5」・「6」以外の交差した筆画を指します。
 「5」は1画で3本を串刺しの場合と、縦画1画で横画2本を串刺しの場合の、両方に対応します。
 「6」は1画で4本を串刺しです。
 「4」・「5」・「6」は一気にまとめて、順番を逆にして「6」から説明することにしましょう。

 「6」(1画で4本の筆画を串刺し)はいかにも西夏文字っぽい(漢字っぽくない)筆画です。縦に串刺しでも横に串刺しでも同じです:

𗷏「見送る」

 𗷏「見送る」の上端のゴチャゴチャした印象の筆画が「6」です。
 さてここで、「この6は左上なの? それとも右上なの?」という疑問が湧いてきます。「コード化のルール」のルール③で説明しますが、結論だけ述べると「左上は6。右上は6にできないので、代わりに0」となります。簡単に言えば「ダブりはダメ」というルールがあるのです。

𗟾「泣く」

 𗟾「泣く」の右端には、上の方から下端までこの4本串刺しの筆画が見られます。これは「右下に「6」がある」と見なされます。
 「6」と間違えやすい例も挙げておきます。𘌐「米」の右下は「6」ではなく「5」です:

𘌐「米」

 𘌐「米」の右端には横画が4本あるように見えます。しかし注意してください。一番上の筆画は、横画ではなく左はらいです。そもそも串刺しになっていません。なので、右上は「2」、右下は「5」とコード化されます。

 「5」は「(縦画でも横画でも良いので)1画で3本の筆画を串刺し」の場合と「縦画1本で2本の横画を串刺し」の場合があります。
 まず、縦画が横画3本を串刺しにする例を見ます(先ほどの𘌐「米」もこの例の一つです):

𗒎「歌う」

 𗒎「歌う」の右下は「5」です。縦画がきちんと上下に突き抜けていることを確認しましょう。
 次は、横画が縦画3本を串刺しにする例です。𗿒「大きい」の右上は「5」です:

𗿒「大きい」

 今度は、「5」が「縦画1本で2本の横画を串刺し」をコード化する例を挙げます。𗍣「断つ」の左半分全体が「5」です:

𗍣「断つ」

 先ほど少し話題にした「ダブりはダメ」の原則が、𗍣「断つ」にも適用されています。左上は「5」ですが左下は「0」となります。
 こんな例も「5」です:

𘚶「風」

 𘚶「風」の左下は、上端が1本の横画で隣の縦画と繋がっていますが、2本の横画を貫いており、上端の横画はただ単にくっついているだけで、別に貫いているわけではありませんので、これも「5」です。

 ここで、「『横画1本で2本の縦画を串刺し』は「5」ではない」という点に注意しましょう。せっかくなら統一してくれたらいいのに、という思う方もいらっしゃるかもしれません。実際に「縦画だろうが横画だろうが、『1本で2本を串刺し』なら全部「5」でいいじゃあないか」と、従来のコード化の方法を変えてしまった辞典もあります。それが韓小忙先生の『西夏文詞典』です。

 さて、それでは「横画1本で2本の縦画を串刺し」の例、つまり「5」ではなく「4」の例を見てみましょう。𗩈「統率する」の右上は「4」です:

𗩈「統率する」

 さて、「『横画1本で2本の縦画を串刺し』は「4」です」という説明は、辞書からそのまま持ってきた言葉です。しかし、考え方や言い方を少し変えた方がもっと分かりやすいかもしれません。「『横画1本で2本の縦画を串刺し』は『十字が2つ連なったもの』と解釈し、その『十字1つ分』に対して「4」というコードを与えている」と考えると、もっと辻褄が合いやすくなります。
 例えば𗍩「うなされる(寝言を言う?)」の例を見てみましょう:

𗍩「うなされる」

 実はこの𗍩「うなされる(寝言を言う?)」という字は、左上が「4」、右上も「4」と解釈されています。今まで何度か言及した「ダブりはダメ」というルールが適用されて、左上は「4」、右上は「0」となりそうですが、実際はそうなっていません。つまり、辞書は「『横画1本で2本の縦画を串刺し』も「4」です」と言いつつ、縦横クロス1個分を見て左上と右上をそれぞれ「4」とコード化していたのだ、と解釈できます。
 なので先ほどの𗩈「統率する」の画像は以下のように書き換えた方が分かりやすいでしょう:

𗩈「統率する」の再解釈

 つまり、くさかんむりのような筆画全体が「4」なのではなく、右上隅の十字が「4」とコード化されている、と解釈するのです。

 筆画のクロスは様々なパターンがあります。他の例を見ていきましょう:

𘀄「吉」

 𘀄「吉」の左上の「メ」のような筆画は「4」です。左下の「ノ・メ」のような筆画は、「メ」部分を左下として扱い、「4」がコードとして与えられます。
 𗻧「大麦」の左下も「4」です:

𗻧「大麦」

 𗇀「捨てる、費やす」の右上は「フ」の上部を縦画が貫いてクロスを作っています。これも「4」とコード化されます。右下ももちろん「4」です:

𗇀「捨てる、費やす」

コード「7」

 次は「7」について説明します。角を作っている筆画が「7」です。𘚠「愚かな」の左上は「7」です:

𘚠「愚かな」

 このフォントでは筆画がやや離れておりくっついておらず、実際の出土資料でもやや離れています。実際、賈常業先生の『西夏文字典』は、これを「7」ではなく「1」にコード化するという考え方をとっており、この点で李範文先生や韓小忙先生と異なっています。

 左と右の両方が同時に角を作る例もあります。𘉋「八」の左上と右上は「7」です:

𘉋「八」

 ここでは、異なる角がコード化されているので、「ダブりはダメ」のルールを違反していることにはなりません。

 なお、前に挙げた𗕚「万」のように、1つの筆画が左上と右上の両方でコード化される例もあります:

𗕚「万」

 漢字の「にょう」のような例が「7」とコード化される場合もあります。𗬶「踏みつける」の左下は「7」です:

𗬶「踏みつける」

 次はもっと尖った角の例を見てみましょう。𗈽「汚い」の右上と左下は、どちらも「7」です:

𗈽「汚い」

コード「8」

 次は「8」の例を見ます。「漢字の「八」と似た形」とひとくちに言っても、色々なパターンがあります。点が横に2つ並んだもの、カタカナの「ソ」のようなもの、「介」の上部のようなもの、カタカナの「イ」のようなもの、様々です。

 まず点が横に2つ並んだものを見てみましょう。正確には、点というよりは「はね」と短いはらいなのですが、細かい話は今は抜きにしておきます。例えば𘏨「宝」の左上は「8」です:

𘏨「宝」

 なお、コード「3」で挙げた𘉑「3人称単数」の右上は、点が2つですが、この形は「八」に似ているとは言いにくいので、「8」には含めません。

 次は「ソ」のような筆画を見てみましょう。これも実は「はね」と払いです。例えば𘂰「対(つい)」の左上と右上は「8」です:

𘂰「対(つい)」

 「介」の上部のような筆画は、西夏文字では常に字の中央上部に書かれます。この場合、「ダブりはダメ」のルールがあるので、左上は「8」ですが右上は「0」となります。𗬼「絹」を例に挙げます:

𗬼「絹」

 「イ」のような筆画は、例えば𗼈「神」の左下に見られます:

𗼈「神」

 「この字の左下って短い縦画と解釈したらダメなの?」という疑問を抱く方もいらっしゃるかも知れません。後でまた述べるように、実は数字が大きい順にコード化を検討するというルールがあるようです。辞書にはこのことがはっきり書かれていませんが、事実上、そのようなルールがあると考えた方が、理屈が通りやすいです。
※このルールに基づいて考えると、先ほど「3」の箇所で「短い縦画に見えるものが点として扱われる」ことの説明もつきやすくなります。

コード「9」

 「3本の筆画が漢字の「小」と似た形になっている」などと言われても、ちょっとイメージしにくいと思います。点が3つ並ぶ例(やはり本当は「はね」と短いはらいなのですが……)、点2つ(はねと短いはらい)の間を縦画が走っている例、「ソ」の左右(点(はね)とはらい)の間に縦画が走って、はらいと縦画が交差している例、縦画が3本並んでいる例が該当します。

 点が3つ並ぶ例は、漢字で言う冠として出現します。このとき、くれぐれも左上と右上を「3」と「8」に分けないでください数字が大きい順にコード化を検討するという暗黙のルールを思い出してください。例えば𗕄(汁)の上側の点3つは、まとめて「9」とコード化します(左上は「9」、右上は「0」):

𗕄(汁)

 𘋟「岸」の左上は点2つの間に縦画が走っています。左の真ん中でクロスが見られるので、何だか混乱しそうですが、「9」でOKです。
 また、𘋟「岸」の左下も「9」です――追記:『西夏文字典』では「9」と見なしません。記事の最後に辞書間の違いをまとめておきました――。こんなものも「小」と似ていると考えるのか、と不思議に思うかも知れませんが、これも慣れるしかありません。「2」とコード化しないように気をつけましょう(数字が大きい方が優先):

𘋟「岸」

 𗯗「変える」の左上は「ソ」の間を縦画が走り、左はらいの筆画と交差しています。これは「4」(交差)ではありません。より数字の大きい「9」を優先します:

𗯗「変える」

 コード化の仕方は以上です。5~6桁目の補助的コードの取り方も、原理は同じです。6桁全体のコードを得る方法は、後編で実例を挙げながら説明したいと思います。

コード化のルール:3+1種類

 四隅の筆画の形をコード化するうえで、辞書には3つルールが書かれています(先ほどから何回か述べているように、第4のルールがあると考えた方が分かりやすいです)。

ルール①
 1本の筆画の両角それぞれを別々の数字でコード化することができる。
ルール②
 2本の筆画からなるパーツに対しても同様に、両角それぞれを別々の数字でコード化することができる。
ルール③
 ただし、同一のパーツに対して2回以上、同じ数字でコード化することはできない。(ダブりはダメ)

 まずルール①について。先ほども挙げた𗕚「万」では、一筆書きされる1本の筆画(赤色)が、左上では横画の状態で、右上では折れ曲がっているということがあり、これがそれぞれ「1」、「7」とコード化されたのでした:

𗕚「万」の左上と右上のコード化

 ルール②も直感的に分かりやすいです。角のコード「7」を例にとると、𘉋「八」の左上は2画で書かれた角であり、右上は1画で書かれた角ですが、どちらも平等に「7」とコード化できる、という話です:

𘉋「八」

 ルール③については「ダブりはダメ」という言葉で何度か説明しました。筆画の同じ部分が2つ以上の角をコード化するのは禁止なのです。コード化する際は、「左優先」・「上優先」です。つまり:
           左上>右上>左下>右下
という優先順位です。
 ダブったせいでコード化できなくなってしまう場合は、その隅のコードを「0」とします。

ルール④
 数字が大きい順にコード化を試す。

 とにかく、数字が大きいものからコード化ができるかどうか検討してください。最初に9でコード化できるか確かめ、それがダメなら次に8~4にコード化できるか確かめ、それでもダメなら3、2、1と検討するとよいでしょう。

補足説明:辞書の間での違い(2025年1月4日最終更新)

 以上のことが分かっていれば四角号碼を使って西夏文字の辞書を引くことができます。ただ、辞書の間で「どの筆画を四隅と見なすか」「筆画をどの数字にコード化するか」の判断が異なる場合があります。李範文先生、賈常業先生、韓小忙先生のそれぞれの最新の辞書『簡明夏漢字典』、『西夏文字典』、『西夏文詞典』の3つを比べてみると、やはり完全には一致していません。三者三様です。
 重要と思われる違いを、記憶を頼りにまとめておきます。新たに気づいた点があれば今後追記します。

・𗤁「六」等の右上

𗤁「六」

 𗤁「六」の右上の筆画(く・ノ)は西夏文字にたくさん出てきます。『簡明夏漢字典』と『西夏文詞典』では、これが右上にあるとき「7」でコード化します。これはおそらく、「ノ」の起筆(書き始めに筆を紙の上に置くこと、またはその部分)の形を「>」のような筆画だと認識したのでしょう。または、この筆画が漢字の「冬」の上部(ふゆがしら)と似ているので、その影響もあるのかもしれません。
 しかし『西夏文字典』では、「く」の最初の左はらいをとって「2」とコード化します。

・𗌭「~ならば」・𗌮「真の」・𗴦「とらえる」の左上

𗌭「~ならば」・𗌮「真の」・𗴦「とらえる」

 これら3字は、「コ」が左右反転したような筆画が2つ並んでいます。『簡明夏漢字典』では左上を「1」とコード化しています。理屈から言えば、最初の筆画は左はらいのはずなので「2」とコード化したくなります。実際、『西夏文字典』と『西夏文詞典』では「2」とコード化しています。このずれもやはり、起筆の形の認識の違いによるものと考えられます。李範文先生は「横画を書いてから左にはらった」と解釈したのでしょう。

・𗈶「死ぬ」等の左上

𗈶「死ぬ」と𗯗「変える」

 かつて、𗈶「死ぬ」の左端と𗯗「変える」の左端は同じものだと考えられていました。しかし研究が進むにつれて、実は別物だと分かりました。
 𗈶「死ぬ」の左は、ラテン文字の「M」を90度時計回りにしたような筆画を串刺しにしています。
 『簡明夏漢字典』は𗈶「死ぬ」も𗯗「変える」も、左上を「9」、左下を「5」(縦画が2本の横画を串刺し)とコード化しています。
 一方で『西夏文字典』と『西夏文詞典』は、𗈶「死ぬ」の左部は3本串刺しの筆画と認識して、左上を「5」、左下を「0」とコード化しています。𗯗「変える」の左部は、左上を「9」、左下を「5」とコード化しています。

・𗃰「海(借用語)」等の右上

𘏞「知らせる」と𗃰「海(借用語)」

 これも同様に、かつては混同されていた筆画が、後になって別物と分かった事例です。横画を書いてから「ム」のような筆画を書く場合と、横画なしで「ム」のような筆画を書く場合があるのですが、むかしはすべて「横画あり」と見なされていました(実際、「横画あり」の方が多数派です)。

𗃰「海(借用語)」

 もし「横画あり」ならば右上は「7」で決まりです。しかし「横画なし」ならば、ちょっと判断に困りますが、まあ「ム」の最初の左はらいをとって「2」とすることになるでしょう。
 この右上を、『簡明夏漢字典』と『西夏文詞典』は「7」とします。そして『西夏文辞典』は「2」とします。

・𘆝「馬」等の右上

𘆝「馬」と𗄷「生む」

 この例も、筆画の混同が原因で、辞書の間に不統一が生じてしまったと考えられるものです。カタカナの「ヒ」のような筆画の中には、はらいが縦画をつらぬくものと、つらぬかないものがあります。はらいが縦画をつらぬくものは、字の右上の位置に来ることがないよう(荒川慎太郎 2023「西夏文字における「点」の出現環境と機能」『言語研究』164)なので、そもそも四角号碼でコード化されることがありません:

𘆝「馬」

 つらぬかない「ヒ」は、『簡明夏漢字典』と『西夏文詞典』では「4」とされます。『西夏文字典』では「2」(はらい)とされます。

・𘀈「地(坤)」等の右上

𘀈「地(坤)」

 𘀈「地(坤)」の右側も西夏文字によく見られます。しかし、「どこを右上とみなすか」について意見の違いがあります。この𘀈「地(坤)」や、他にも先に例に挙げた𘉑「3人称単数」は、『簡明夏漢字典』と『西夏文詞典』は、点を右上とみなして「3」とコード化しますが、『西夏文字典』は左はらいの筆画を右上とみなして「2」とコード化します。一方、𗬒「長子」は『簡明夏漢字典』も『西夏文字典』も『西夏文詞典』も右上は「3」です。

・𗩈「統率する」の右上、𗍩「うなされる」の上部の筆画

 「横画1本で2本の縦画を串刺し」は、『西夏文詞典』で「4」から「5」へと変更されました。𗩈「統率する」の右上は、『西夏文詞典』で「5」とされます。𗍩「うなされる」の左上と右上は、『簡明夏漢字典』と『西夏文字典』では「44」ですが、『西夏文詞典』では「50」です。

・𗟾「泣く」などの左下、𘋟「岸」などの左下

 「ヨ」を反時計回りに90度回したような筆画に対する解釈が、辞書の間で全く異なっています。左下を、『簡明夏漢字典』・『西夏文詞典』は「9」とコード化しますが、『西夏文字典』はこの3本の縦画をバラして捉えて「2」とコード化します:

𗟾「泣く」左下のコード化
(中央:『簡明夏漢字典』・『西夏文詞典』  右:『西夏文字典』)
𘋟「岸」左下のコード化
(中央:『簡明夏漢字典』・『西夏文詞典』  右:『西夏文字典』)

 ただ、𗳽「坂、丘」の左下はどの辞典も「9」扱いです:

𗳽「坂、丘」左下のコード化

 前編は以上です。ここまでお読みくださりどうもありがとうございます。

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