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西夏文字を辞書で引こう:西夏文字版「四角号碼」(しかくごうま)ガイド(後編)

 前編に続き、西夏文字の四角号碼の解説をします。後編(本記事)では具体例を挙げつつ西夏文字をコード化するプロセスを説明します。


補助的コード(5桁目・6桁目)を取ろう

 前編では筆画のコード化を具体例とともに示しました。説明を簡単にするために、四隅の筆画のコード化だけを行いました。これだけでも主要コード4桁を得ることができますが、西夏文字は形が似た字が多いので、補助的コードを2つ取り、それを5桁目、6桁目のコードとすることになっています。前編で例に挙げた字を題材に、全6桁のコードを求めてみましょう。
 まずは、最初に取り上げた字の𗕚「万」を例とします:

𗕚「万」

 左上、右上、左下、右下の順に4桁のコードをとります。「1741」です。5桁目は、左下でコード化された筆画のすぐ右にある筆画を取ります。この場合、中央の「井」の上端が横画でくっついたような筆画の、左側が対象となります。これは「5」とコード化します(下図左側を参照)。
 6桁目は、右下でコード化された筆画のすぐ左にある筆画を取ります。これも「5」です(下図右側を参照)。従って、𗕚「万」は「174155」とコード化されます:

𗕚「万」の5桁目、6桁目のコード

 次は、𗏇「字」を見てみます:

𗏇「字」

 左下の左はらいのすぐ右は縦画なので「2」。右下の横画+はねのすぐ左も縦画なので「2」。よって𗏇「字」は「222122」とコード化されます:

𗏇「字」の5桁目、6桁目のコード

 𘜑「波」の例を見てみましょう:

𘜑「波」

 左下の筆画のすぐ右には縦画があります。しかし右下の筆画のすぐ左も、この縦画です。どうすればよいのでしょうか? そう、ダブりはダメなのでした。コード化は「左優先」・「上優先」ですので、この縦画のコード「2」は5桁目に譲ります。そして6桁目はダブりでコード化できなくなったため「0」をとります。よって𘜑「波」のコードは「172220」となります:

𘜑「波」の5桁目、6桁目のコード

 𗬒「長子」を見てみましょう:

𗬒「長子」
左下隅と右下隅の間には、コード化できる筆画が何もない

 左下は「4」、右下も「4」です。さて、補助的コードを取りたいわけですが、二つの斜めクロスの間には何も筆画がありません。なのでこの場合は、左下の右隣りも「0」、右下の左隣も「0」。つまり6桁全体で「234400」となるのです。

 次は𗕪「女」のコード化です。縦画3本線は辞書間の違いが何かとややこしいです。しかしこの𗕪「女」の場合のように、筆画が左下隅とその隣が明らかに離れている場合は、度の辞書も共通して「2」でコード化します:

𗕪「女」

 𗕪「女」の補助コードを取ります。該当する筆画を赤く塗りました(下図を参照)。5桁目は「2」、6桁目は「5」。なのでコード全体は「172125」です:

𗕪「女」の補助的コード

 左下が「0」になる例を見ましょう。𗎭「家、宮」は四隅をコード化すると「2101」となります。左下は、左上との「ダブり」と判定されます(横画を貫いていないので、「5」にはなりません):

𗎭「家、宮」

 では、「左下隅の筆画の場所」はどこになるのでしょうか? 「0」とコード化されたとはいえ、「左下隅の筆画は縦画である」という判断それ自体が否定されたわけではありません。従って、「左下隅の筆画のすぐ右の筆画」は、左端の縦画からのびる横画です。つまり、5桁目、6桁目は以下の赤い筆画から取られます:

𗎭「家、宮」の補助的コード

 ということで、𗎭「家、宮」は「210112」とコード化されます。

 四隅が「0」になる別の例を見ていきましょう。𗫴「果実」の最初の4桁は「2240」となります:

𗫴「果実」

 左下から右下へと、漢字の「にょう」のように筆画が伸びています。なので右下は「ダブりはダメ」のルールに基づき「0」となります。
 では、5桁目と6桁目はどこからとれば良いのでしょうか? この場合、「左下と右下が同じ筆画を共有している」という状態なので、字の下端はこの交叉でいっぱいになっている(つまり他の筆画が割り込む余地がない)と見なされます。なのでコード化の対象となる筆画はありません。5桁目と6桁目は「0」です。従ってコード全体は「224000」となります。

 少し難しい例として𗉋「集める」を挙げます。まず四隅のコードを取りましょう:

𗉋「集める」

 左下と右下が混乱しやすいかもしれません。左下は、長く伸びた左はらいです。この筆画は途中で別の筆画と交差しているので、「2」ではなく「4」です。右下は、左はらいの「2」です(はねは「角」ではないので「7」ではありません)。
 補助的コードをとる筆画は、左下の交差の右、右下の左はらい(+はね)の左です。つまり、左はらいの「2」、左はらいが途中で別の筆画と交差した「4」です:

𗉋「集める」の補助的コード

 「四隅」の判定に悩む例をもう一つ挙げます。𗧓「代名詞(1人称単数)」の右上は、縦画ではなく横画です:

𗧓「代名詞(1人称単数)」

 よって𗧓「代名詞(1人称単数)」は「214122」とコード化されます。

 似たような例をさらにもう一つ。𗢭「九」の右上は、はらい「2」ではなく角「7」とされます。𗧓「代名詞(1人称単数)」で横画を右上にするなら、𗢭「九」だって右上をはらいにしたら良いのに、と思いますが、とにかく『簡明夏漢字典』・『西夏文字典』・『西夏文詞典』すべてで274120なのです:

𗢭「九」

 かなり難しい例を挙げておきます。𘖟「戟」(武器の一種)の右下の、点にもはらいにも見える筆画は「右下」扱いされません。つまり、コード化の対象にはなりません:

𘖟「戟」のコード全体

 𘖟「戟」は『簡明夏漢字典』・『西夏文字典』・『西夏文詞典』すべてが「802224」とコード化しています(補助コードが「24」ということは、右下の「2」は上図の点線で示した筆画だということになります。かなり直観に反しますが)。

西夏語学の背景知識がないと納得しにくい事例

 西夏文字をきちんと分かっていないとうまく四角号碼で引けない、という事例もあります。

 𗼃「聖」という例を挙げます。結論から先にいうと、これは「228000」とコード化されます。左下が「8」なのは、ちょっと戸惑うかもしれませんが、一応まあまあ納得できるのではと思います。むしろ問題は、右上です。
 下の画像では、右上はまず横に伸びた後で下に折れ曲がります。現代人が作ったフォントでも、出土した西夏語の仏典(『大方広仏華厳経』巻六。東洋文化研究所所蔵)でも、やはり右上は折れ曲がっています:

𗼃「聖」(現代のフォントと出土資料)

 なので、「278000」とコードしたくなります。それはもっともなことです。ところが右上は「2」、つまり、字の右側は「横画から縦画へと折れ曲がったのではなく、縦画とみなす」と判断されているということです。
 実はこの𗼃「聖」は、漢字で言う偏として使うこともあります。その場合、この右端の筆画は1本の縦画として書かれることが多いです。単独の形と偏の形が違うのは、漢字の「人」(「人」とにんべん)と似ていますね。
 そこで、単独の𗼃「聖」の右端もまた、縦画が“本来の形”と見なされ、四角号碼でも「7」ではなく「2」と対応させられてきました。ただ、西夏語や西夏文字を「生きた知識」として持っていた人々はすでに数百年前にいなくなっていますので、“本来の形”は、あくまでも現代人がそう考えたに過ぎないわけです。
 “本来の形”というものがそもそも存在するのか、という込み入った問題もあります。似た問題は日本語のひらがなにもあります。例えば「き」や「さ」という字を書いてみてください。最後は、くるっと丸く書くでしょうか、それとも一度ペンを離してから書くでしょうか。恐らく一度ペンを離す人が多いでしょう。ところが印刷物やウェブサイトでは、くるっと丸く書く例が多いでしょう。このように書き方が色々ある一方で、当たり前ですが全くデタラメにグチャグチャ書いたらひらがなとして読めません。“本来の形”というものは、存在するような、存在しないような、そんな概念です。
 とにかく、𗼃「聖」を四角号碼で調べるには、西夏文字の全体の姿や仕組みが分かっていること(西夏文字を体系的に理解していること)が必要なのです。

練習問題

 実際に四角号碼の6桁のコードをとってみましょう。画像で字を挙げます。答えは記事の一番最後に書いておきます。辞書間で食い違いがある場合は、それぞれのコードを示します

問1 (1), (2), (3), (4)
問2 (1), (2), (3), (4)
問3 (1), (2), (3), (4)
問4 (1), (2), (3), (4)
問5 (1), (2), (3), (4)

 以上、気の向くままに20文字を挙げました。より適した例があれば、今後追加します。

 ここまでお読みくださりどうもありがとうございます。練習問題の解答はもう少し下の方に書いておきます。










練習問題の解答

問1
(1) 177442
(2) 715000
(3) 907240
(4) 144120(『簡明夏漢字典』・『西夏文詞典』)、124120(『西夏文字典』)

問2
(1) 224080
(2) 234282
(3) 274440(『簡明夏漢字典』・『西夏文詞典』)、224440(『西夏文字典』)
(4) 814400

問3
(1) 124000
(2) 102222
(3) 997244
(4) 125000

問4
(1) 272144
(2) 412150
(3) 312122
(4) 172527

問5
(1) 504140
(2) 372142
(3) 102124
(4) 882422


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