近くを通っただけなのに……【ショートショート】
「連続殺人事件だって、怖いね」
車のラジオから流れるニュースが、俺たちを不安にさせる。
「事件のあった地域を通るんでしょ?」
「他に道がないからな。まぁ、なにもないだろ」
「だよね。あるわけないよね」
事件があった。
その地区を車で通り抜ける。
ただそれだけのことだ。
通り抜けるだけで何かに巻き込まれる。
もしそうだとしたら、よっぽど運が悪いか、むしろ運が良いのかもしれない。
そんなことを考えながら、事件のあった地域を走っていく。
しばらく走ると、交差点でうずくまっている男性が見えた。
「ねぇ、あの人、うずくまってるけど大丈夫かな?」
「どうだろ?」
「病気かもしれないよね。助けないと」
「そうだな。車止めるわ」
道端でうずくまっている人なんて、放っておけばいい。
そう思ったが、彼女の優しさを無下にもできない。
俺が車を道端に止めると、彼女はすぐに降りて男性の元へ走っていった。
俺もエンジンをかけたままの車から降りて、彼女を追いかける。
「あの……大丈夫ですか?」
彼女が声をかけると、男性はチラッとこちらを見た。
顔色が悪い。
やはり病気だろうか?
「何処か具合でも悪いんですか?」
俺が声をかけると、男性は何かを呟いた。
「……で……」
だが、声が小さくて聞き取れない。
「大丈夫ですか?」
そう言いながら、彼女が男性の声を聞こうとさらに近づく。
ドンッ!
突然、体を起こした男性が、勢いよく彼女を突き飛ばした。
大きくよろけた彼女は、そのまま俺にぶつかった。
二人で尻餅をつく。
「いったーい!」
「だ、大丈夫か?」
慌てて彼女の様子を確認する。
幸い、怪我はしていないようだ。
「ちょっとあんた! どういうつもりだ!」
腹がたった俺は、文句を言いながら立ち上がり、男性の方を見た。
……が、いない。
さっきまでそこでうずくまってい男性が、いなくなっていた。
バン!
キキキキキー!
後ろから、タイヤを滑らせて走り去る、車の音が聞こえた。
慌てて停車した車の方を振り返る。
「あ……」
「うそ……」
呆然とするオレと彼女。
なんと、うずくまっていた男性が、俺の車に乗って走り去っていったのだ。
「まじかよ……」
どうやら、具合が悪そうにしていたのは、演技だったようだ。
目的は最初から車だったのだろう。
見事にハメられてしまった。
「なぁ、あの男性、まさか……まさか……だよな」
「まさか……だよね」
ふとラジオで聞いたニュースを思い出した。
確か、連続殺人事件の犯人が、この辺にいるとかいないとか……。
「……まさかね……」
その後、警察に連絡して事情を説明する。
すると、逃げた男性が殺人犯だったことがわかった。
「ラッキーでしたね。もし車のエンジンを切っていたら、なにをされていたか分かりませんよ」
警察はそう言っていた。エンジンがかかっていたから、車だけで済んだんだろうと。
「顔は見ていませんか?」
「あ、見ました。えっと、特徴は……」
その後、俺の証言を元に手配用のイラストが作られた。
そして車は、傷はついていたが、無事に戻ってきた。
たが……犯人は捕まらなかった。
警察の包囲網を抜け、どこかに逃げてしまったのだ。
……あれから半年後。
俺たちは何事もなかったように、いつも通りの日々を過ごしていた。
ピンポーン♪
誰か来たのか、家のチャイムが鳴った。
「はーい」
「お届け物でーす」
「あ、はーい。ちょっと待ってくださーい」
玄関に行こうとする彼女。
俺はそれを止めた。
「俺が出るよ」
「うん、ありがと」
ただの気まぐれだが、お礼を言われてしまった。
これはこれで、なんかいい気分だ。
上機嫌でハンコを持って、玄関に向う。
ガチャ。
玄関を開け、運送会社の人を労う。
「ご苦労さま……」
ドスッ。
「え……?」
なんだ、お腹が焼けるように熱い。
「顔を見なければ、良かったのにな」
「かお……?」
お腹に激痛が走る。
体の力が抜けていく。
一体何が……。
〈了〉