あおぞらの憂い4

私は思わず立ち上がったが、足がすくんだ。自死する人を止めるべきか止めまいか、わからなかった。死を覚悟した人を止める資格など自分にはないと思ったし、彼が最後に聴いた声が私になるのも絶対に嫌だった。そうこうしているうちに彼は腰くらいまで海に浸かっていて、いつ姿が消えてもおかしくなかった。


「おじさーーーん!!!待って!!!!」
ガシャン!!
私の頭上で急に叫ぶ人がいた。その人は自転車を投げ捨てると浜へ降り海に一目散に走っていった。ハッとした私も海へ走り今までにない大声で叫んだ。「おーーい!!戻って!!はやく!!」
ただ必死に叫んで気付けば膝上くらいまで海に浸かっていた。すると彼がこちらを振り返った。何ヶ月も放置したであろうその髭面はあまりにも暗く生気がなかった。
「おじさん!死んじゃだめだよ!なにがあったかわからないけど、死んじゃだめだよ!」
追いかけてきた人が言う。
「そうです!こちらへ来てください!ほら!」
私も続けて手を差し伸べた。彼はもう一度海のその先を見つめた。
「冗談やめてよ、僕は泳ごうと思っただけなんだ。」
そう優しい声で言った。ブルーの作業着は夜の深い青に溶け込んでいた。彼はあと一歩で本当に海の青になっていたと思う。


彼は君たち危ないよ、早く帰りなと笑い、ザバザバと手で水を掻いてこちらへと戻ってきた。しかし私はまったく笑えなかった。死のうとしてたのに、どうして死のうとしていないフリができるんだろう。浜にあがると私は思わず聞いた。
「死のうとしてましたよね。」
すると彼が答えた。
「びしょびしょになっちゃったね。本当。」
そう言いながら俯いた。
「死のうとしたよ。でも君たちに止められちゃったからまた今度にしようと思う。君たちはなにも思わなくていい。今日止めてくれてありがとう。お陰で綺麗な月が見られた。」
そうして3人が顔をあげると雲ひとつない夜空にくっきりと三日月が浮かんでいた。


「でも、これからも死んじゃだめですよ。」
私は思わず空から顔を下ろした。彼はよく店に来る少年だった。
「死なないよ。安心して。明日も仕事があるから。」
死のうとした彼はそう言いながら浜を去っていった。

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