あおぞらの憂い3
次の日の月曜日、鳴り響く5回目のアラームを止めて重い身体を少し起こしてスマホをみる。すると居酒屋のおばさんからメッセージが来ていた。(ごめんね、朝から体調が悪くて病院に行きます。今日1日締めるね。今日は休みでお願いします)私は(大丈夫ですか?了解しました。お大事にしてください)と打ちながら今日が自分のものになったと嬉しい気持ちになった。私は絵を描くことが好きだった。上手くはなかったが、暇があればネットでそれっぽい風景を見つけ、鉛筆でおおまかなラインを引き水彩絵具で色付けした。完成した絵は母に見せると額縁に入れてくれたし、玄関の左手の壁の絵は3ヶ月ごとにいろいろ変わっていった。そして今日はなにか新しい絵を描き始めるチャンスだと思った。外に出るのはいつも億劫だったが、今日は無性に海の絵を描きたくなった。
夕方、自転車をこいで海まで走る。10分ほどで海につくと自転車を止めて浜に降りて防波堤の影に隠れると周りを見回し、砂浜に腰を下ろすとやっとリュックから紙と鉛筆を出した。風はいつもより少なかったが波の音はいつも通りザーザーと大きな音を立ていた。ネットで太平洋と検索してでてくる風景との違いは音を感じられるところであろうか。私は気付かぬうちに、浜に押し寄せる波を大袈裟に激しく描いていた。
しかし大胆な鉛筆の走りは突然現れた人影によって止まった。近所の工場の青い作業着を着ている。こんなところで絵を描いていることがバレないようにと身を潜めて紙と鉛筆を隠した。その人は徐ろにポケットからタバコを取り出すと胸ポケットからライターを取り出し火をつけた。彼は海のその先を見つめているようだった。吸い殻を足で踏み潰すと、その靴と靴下を脱ぎ海に向かって歩き出した。彼の歩みに戸惑いはなかった。私はすぐに彼は今から自死するのだとわかった。