あおぞらの憂い13
「俺こっちから帰るわー」
「あれ、ソラほんとマユさんのこと好きだねー」
「絶対違うから!じゃあね、気をつけてよ」
そしてソラはなぜか私についてきた。私の脳裏にはあの消しゴムが蘇っていた。
二人と別れた後、とりあえず私の家に向かって歩き出した。そしてソラは何か俯いていた顔を上げ、気まずそうに話し始めた。
「マユさん大丈夫?あれから海来なくなったから。もしかしたらアミとフウカが苦手なのかなと思って。」
「いや、そんなんじゃないよ。たまたまだよ。」
上の空の理由がこんなことだったのかと胸をなでおろした。ソラの気遣いはいつも私が思ってもなかったところを触る。いや実際そういうことを思っていたのだけれど、誰にも見つからないように隠して置いたはずだった。ソラはこうして向き合ってくれている。なのに、私はずるい。
「ソラくん、英語もう少し勉強しなきゃだね。丸つけくらいなら手伝うし、わからないところあったらメールでもなんでも」
ソラからの返事はなかった。理解できない沈黙に言葉を失い、まっすぐに二人で歩いた。しばらくするとやっとソラが口を開いた。
「何かありましたか?何か隠してますか?僕には言いたくないですか?なんかおかしくて。何もないならそれでいいんです。」
予想もしていなかった言葉に驚いた。上の空だったのはソラの方じゃないか。また二人の間には理解できない沈黙が流れる。海に近づいたのか波の音が聞こえる。シャッターが下りた渚町のおばさんの店を横切る。
「あの、あー、何から話せばいいんだろうね。わからない。」
もうとっくに最終バスが通り越したバス停。その近くのベンチに座って、あの男に再会したことと、おばさんの余命が半年であることを話した。そして自分が混乱しているということも話した。なぜ話せたのかわからないが、一度封を切るととめどなく溢れてきてしまった。
「そうだったんだ。あの男生きてたんだ。」
ソラは何よりその事実に驚いているようだった。
「じゃあもう海行くのやめよーっと。」
今でも海に男が死なないか見にいっていたらしい。そしてその他の事については何も言及して来なかった。聞いてほしくないこともわかっているのか。この子は私が自分にないものを持ちすぎている。優しさもそれを支える信念もまっすぐ伸びてはっきりとした輪郭を持っている。
「マユさん何かあったら言ってね。僕ができることならなんでもする。」
「ありがとう。ソラくんは優しいなあ。」
そういって笑った。するとソラは思い出したようにズボンのポケットを探り友達からもらったという飴を取り出した。
「これあげる。」
そして私が手を出すと、そのままそっと手を掴まれた。
「僕が、そうしたいだけなんです。」
ソラはときどき大人の顔をする。そういうと彼は立ち上がり「お腹すいたー」と普通の中学生に戻った。