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【本】大須賀健「ブラックホールをのぞいてみたら」感想・レビュー・解説

2015年9月に、初めて「重力波」が検出されて、大いに話題になりました。
さらに2019年4月には、初めてブラックホールそのものの撮影に成功したと発表されて、大いに話題になりました(本書でもEHT計画として紹介されていて、2017年発行の本書には、EHT計画によってブラックホールを観測したかもしれない、と書かれています。それから2年くらい検証して、確実に観測したと確定されたんでしょう)

ブラックホールというのは、物理学の世界でもなかなか特異な存在です。ブラックホールが存在しうるということを、計算によって初めてしめしたのはシュヴァルツシルトという人で、この人は、アインシュタインが生み出した一般製相対性理論の方程式を、ある特殊な条件で解くことでブラックホールを予言しました。しかしアインシュタインは、一般製相対性理論に興味を持ってくれる人がいたことに喜びはしたものの、ブラックホールの存在には否定的だったと言います。そんなものが実際に存在するとは到底思えなかったわけです。

それは他の物理学者にしても同じです。【想像を絶するほど奇怪な天体の存在を、最初はほとんどすべての研究者が信じなかったのです】と本書でも書かれています。ブラックホールがどんなものなのか知っている人は、まあ信じないでしょう、と思うことでしょう。だって、「ンなアホな!」っていう存在ですからね。

またブラックホールというのは、【数少ない理論主導の天体】です。天文学の歴史というのは基本的に、「星とか天体現象を見つける」→「それについての研究が進む」という感じですが、ブラックホールはまったく違います。そもそも、「原理的に観測できない(※冒頭で「撮影した」と書いたのも嘘ではありません)」わけだから、「ブラックホールを見つける」→「研究する」という順番にはなりようがないわけです。だからブラックホールの研究というのは、「ブラックホールという理論上の天体がきっと存在するはずだ」→「存在するとしたらどういう性質を持つんだろう」というように研究が進んでいったわけです。これも非常に特殊な存在と言えるでしょう。

さて、先ほどの「原理的に観測できない」のに「撮影できた」という話について少し書いておきましょう。そしてその説明の中で、ブラックホールとは何なのかについても軽く触れましょう。

ブラックホールというのは、「どんな光も脱出できない天体」です。地球上からロケットを飛ばすには、ある一定以上の速度を出さなければなりません。そうしなければ、地球の重力を脱することが出来ないからです。そしてこれは、光も同じ。光も、重力の影響を受けます(これを、「時空が曲がっているから重力が生まれ、それによって光も影響を受ける」という形でアインシュタインが発見したわけですが、まあそれは置いておきましょう)。つまり光も、「重力の方が強すぎて脱出できない」という状況になりうるわけです。

で、アインシュタインの一般製相対性理論では、「光の速度は一定(約30万キロメートル)」です。つまり、「時速30万キロメートル」の光が脱出できなくなるぐらい重力が大きい天体があり得るわけです。それがブラックホールです。光が脱出できないわけですから、ブラックホールはどんな手段を使っても見ることが出来ません。本書では、

【ブラックホールの「黒」は私たちが思っている「黒」とは格が違う、「真の黒」なのです】

と書かれています。どういうことか。例えば「黒いズボン」を履いている人がいても、その人をサーモグラフィーで撮れば、熱を持っている部分は赤く映ります。「黒いズボン」というのは、可視光線の波長で見れば「黒」ですが、赤外線の波長で見れば「黒」ではない、ということです。で、ブラックホールというのは、どんな波長で見ても「黒」という、最強の黒なわけです。だから、どんな波長でブラックホールを捉えようとしても、絶対に無理です。

じゃあ撮影なんか出来ないじゃないか、と思われるでしょう。しかしこれがそうでもないわけです。

ポイントは、「ガス円盤」です。

本書には、こんな文章があります。

【「ブラックホールは暗黒か?」
この答えはもちろんYESなのですが、実はNOでもあります。なぜなら、宇宙でもっとも明るい天体のひとつがブラックホールだからです】

どういう意味か分かるでしょうか?正直僕も、本書を読むまでこの話は知りませんでした。

ブラックホールそのものは真っ黒で見えません。しかしブラックホールというのは、異常に重力が大きいので、その近くにあるものを吸い寄せます。しかし、吸い寄せられたものは、すぐにブラックホールに吸い込まれるわけではありません(これも知りませんでした)。ブラックホールというのは、「事象の地平面」と呼ばれる境界と「特異点」と呼ばれる中心に分かれますが、ブラックホールの本質的な部分は「特異点」です。で、これはとにかく小さい(宇宙規模で見ると小さい)。「特異点」に真っすぐ向かってくる物体はそのまま吸い込まれますが、「特異点」はメッチャ小さいので、なかなかそういうことにはならない。だから、ブラックホールの重力に引き寄せられたものは、とりあえずくるくるとブラックホールの周りを回ることになります。このブラックホールの周りを回っているものを「ガス円盤」と呼んでいます。

で、ブラックホール(に限らず天体)は、近づけば近づくほど重力が大きくなります。そうすると、「ブラックホールに近いものの回転スピードは速い」「ブラックホールから遠いものの回転スピードは遅い」ということになります。そうなると、ガス円盤は、場所によって回転スピードが違うことになり、そうすると、「回転スピードが速い場所」と「回転スピードが遅い場所」とで摩擦が発生することになります。その摩擦によって、「ガス円盤」自体が輝くのです。

だから、ブラックホール自体は暗黒でまったく見えませんが、それを取り巻くガス円盤はメッチャ明るい、ということになります。

これで、「ブラックホールは観測できないのに、ブラックホールの撮影が出来た」ということの説明が出来るようになります。ブラックホールとガス円盤の関係を理解できれば、「ドーナツ」のような形を想像出来るでしょう。ドーナツの部分がガス円盤です。で、ドーナツの穴の部分がブラックホール。そう、「ブラックホールを撮影した」というのは、イメージで言えば、「ドーナツの穴を撮影した」というような感じです。ブラックホールの周りでメッチャ輝いているガス円盤に取り囲まれている、真っ黒なブラックホールを撮影した、ということですね。

まあそんなわけで、ようやくブラックホールの存在が100%確証されたわけですけど、ブラックホールというのはなかなか苦難の道筋を辿っているわけです。最初は、既に話に出したシュヴァルツシルトの計算結果でしたが、彼はすぐに亡くなってしまったそうです。それから、チャンドラセカールという天才が現れます。彼は「白色矮星」という、「星が死んだらこうなる」と思われていた天体の質量に限界があることを導き出しました。多くの人が、「星は死んだら白色矮星になる」と思っている時代に、「ある一定以上の質量の天体は、白色矮星になることが出来ない」という事実を計算で導き出しました。これによって、「あれ?白色矮星になれないなら、星が死んだらブラックホールになるんじゃね???」という考えがまた生まれるわけです(インド出身彼はこの考えを、イギリスに向かう船の中で完成させたようですが、イギリスでエディントンという当代随一の天文学者にボロクソに言われて、不毛な議論に巻き込まれてしまいます。可愛そう。ただ最終的には、ノーベル賞を受賞しました。良かった)。

しかし今度は「中性子星」というものが登場します。「中性子星」というのは、「白色矮星」になれなかった天体がなる星と考えられました。つまり、「星が死ぬ→質量的にOKなら白色矮星になる」→「ダメなら中性子星になる」という流れです。チャンドラセカールは、「白色矮星になれる質量には限界がある」と言いましたが、「白色矮星」になりきれなかった天体が「中性子星」になるなら、ブラックホールにならずに済むかも、と思われました。

しかしやはり、オッペンハイマーという物理学者(彼は原爆開発者として有名です)が、「中性子星の質量にも上限がある」ということを導き出します。やっぱり大きな星はブラックホールになりそうです。

ただそれでも、頑強にブラックホールを信じない人もいました。その一人がホイーラー。しかし彼は、星の終焉について研究を進めた結果、「大きな星が潰れたらブラックホールなるやん」ということを自ら証明してしまうことになりました(ちなみにこのホイーラーさんが、「ブラックホール」という名前の名付け親だそうです)。

こんな風にして少しずつ、ブラックホールというのは研究されていったわけです。

ブラックホールには、「恒星質量ブラックホール」と「大質量ブラックホール」があります(他にもあるかもですけど、今見つかっているのはほぼこの2つのどちらかです)。「恒星質量ブラックホール」というのはその名の通り、太陽などの「恒星」と呼ばれている星が潰れて出来るもので、質量的には「大質量ブラックホール」よりも小さいです。「大質量ブラックホール」は、太陽の100万倍から10億倍、あるいはそれ以上の質量を持つブラックホールで、とにかく質量が大きいです。でこの大質量ブラックホールは、銀河の中心に必ず一つ存在する、と考えられています。

で、この「大質量ブラックホール」が結構謎だったようです。エディントン(チャンドラセカールにボロクソ言った人)が考えた、「恒星の明るさには上限がある」という理論をブラックホールにも適用することで、「単位時間当たりに吸い込まれるガス(ガス円盤)の量に上限がある」ということが示唆されます(詳しい理屈は省略します)。これはつまり、「ブラックホールは、いくらでも大量に食べられるけど、早食いは出来ない」ということです。で、「大質量ブラックホール」は、130億年前(つまり、宇宙誕生から8億年)にも作られているわけですが、「早食い出来ないブラックホールが、8億年で太陽の10億倍の質量を獲得できるか」というのが、大きな問題だったわけです。

しかしそれは、著者の研究グループがシミュレーションによって解決したそうです。実際には、「エディントン限界」はブラックホールには厳密には適応されず、だからブラックホールは「早食い」出来る、ということが分かったようです。しかし著者らは、「大量のガスが遠方領域から供給される」という前提でシミュレーションをしたので、「銀河のあちこちにあるガスが、銀河の中心にある大質量ブラックホールのところまでどうやって運ばれたのか」という問題は未だに残っているそうです。

それに関連しますが、「大質量ブラックホール」にはもう一つ問題があるとのこと。それは、「銀河の質量」と「大質量ブラックホールの質量」が比例関係にある、ということ。銀河が小さいと、その中心にある大質量ブラックホールも小さく、銀河が大きいと、その中心にある大質量ブラックホールも大きいのだそうです。

何故これが問題なのか。それは、「ブラックホールの重力は、あまり遠くには影響を及ぼさない」からです。例えば、僕らがいる銀河系内でも、ブラックホールはいくつも発見されていますが、その重力の影響は地球にまで届きません。同じように、銀河の中心にある「大質量ブラックホール」の重力は、その周辺には多大な影響を及ぼしますが、ちょっと離れれば影響がなくなります。だから、「中心付近にしか影響を及ぼさないはずの大質量ブラックホールの質量が、何故銀河全体の質量と比例するのか」というのは大きな問題なわけです。

さて、色々書きすぎたので、あと2つだけ書いて終わりにします。

一つ目は、「重力赤方偏移」について。これそのものの説明はしませんが、これがあるせいで、「ブラックホールに吸い込まれる人の姿」は撮影できないんだそうです。

詳しい説明は省きますが、ブラックホールに吸い込まれる人をちょっと遠くから観測すると、理屈の上では、「吸い込まれている人は、途中で止まったように見える」ことになります。ブラックホールから光は出てこれないのですから、「ブラックホールに吸い込まれた人の姿」もまた、ブラックホールの重力から逃れられません。つまり、実際にブラックホールに人が吸い込まれているのに、その情報は観察者まで届かないので、その直前の、「ブラックホールに吸い込まれそう!」という映像だけがずっと見えている、ということになるわけです。

ここまでは知ってたんですけど、実はこれは理屈の上での話で、実際には「重力赤方偏移」という現象によって、ブラックホール近傍の光というのは波長が無限大になってしまうので、そもそも観測出来ない、ということでした。残念。

もう一つ。これは、2015年に観測された重力波がどれぐらい小さいか、という話です。

【どれぐらいわずかなのかというと、検出可能性が高いとされる遠方銀河のブラックホールや星の爆発による重力波の場合で、地球と太陽の距離の変化はわずか水素原子1個分です。水素原子は水の中に大量に含まれていますが、その大きさは1センチメートルの1万分の1のさらに1万分の1。1.5億キロメートルもある太陽と地球の距離が、1センチメートルの1万分の1のさらに1万分の1だけ伸び縮みするというわけです】

そんな極小のものを検出してしまう人間の執念も凄いものだなと思いました。

まだまだ書きたいことは色々ありますが、この辺りでやめておきます。本書は、非理系の人でもかなり楽しく読める一冊になっていると思います。あまり臆せず、よく分からないところはちゃんと理解しようとせずに飛ばしちゃおうぐらいの気持ちで読むと、楽しく読める一冊だと思います。


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長江貴士
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